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【イベントレポート】谷尻直子×谷尻誠、初の夫妻トークイベント!『HITOTEMAのひとてま』刊行記念

営業は週に一度だけの、知る人ぞ知る渋谷・富ヶ谷の隠れ家レストラン「HITOTEMA」を主宰する谷尻直子さんと、夫で建築家の谷尻誠さんによるトークイベントが2019年5月18日に代官山 蔦屋書店で行われた。 食べる人の気持ちと身体のため考え抜かれた素材や調味料を使用し、美しい調和を奏でる家庭料理をコース仕立てで提供。その味と哲学に惚れ込み、通う芸能人や文化人も多い。
このたび刊行された谷尻直子さん初のレシピ本『HITOTEMAのひとてま』(主婦の友社 刊)は、お店の人気メニュー55品を収録したものだ。 お店のコンセプト「現代版のおふくろ料理」はどのように生まれたのか? 谷尻直子さんが「HITOTEMA」を通して伝えたいこと、そして夫婦ならではの育児や仕事観などのエピソードとは?
 
 
 

イス12脚でひとつのテーブルを囲む、小さなレストランが生まれた理由

──今回はなんと、ご夫婦での初のトークイベントです。結婚式をされていないそうなので、大勢の前に一緒に入場するのも初めてとのこと。だから今日は、新郎新婦が入場するように、大きな拍手でお迎えください。それでは、谷尻直子さん、誠さん、ご入場ください。

(拍手)
 
 

右から、谷尻誠さん、直子さん

谷尻直子さん(以下、直子):「HITOTEMA」という小さな、26平米ほどの小さなお店を渋谷・富ヶ谷で4年前から営んでいます。椅子は12脚だけ、1つの大きなテーブルを囲んで、みなさんに食事をしていただいています。オープンは毎週金曜日、週に一度だけです。

店名の由来でもある「HITOTEMA」は、「お料理はひと手間をかけましょう」とお説教めいたメッセージではなく、「ひと手間しかかけません」という意志の名前です。調味料は塩だけで酒も使わない、という料理もあります。”おいしい”というよりは”うまい”を目指してレシピを考えています。この「現代版おふくろ料理」は、日本料理をベースに、切り干し大根などの日本ならではの食材や、アボカドやキヌアなどのスーパーフードを使ってつくっています。
 

「HITOTEMA」は予約困難の人気店。受付はFacebookでのみ行なっている。
「広い範囲ではなく、小さい範囲の人を喜ばせることに集中して考えています。一人で、右手と左手でできる範囲のことを」(直子さん)写真:福本和洋(MAETTICO)
 

「私が言う”ひと手間”は、サボれるところはサボる、ということです。例えば、塩麹はつくるのには手間が掛かりますが、つくっておけば日々の料理の味が一発でキマります。私は日々をサボるために、つくっています(笑)」(直子さん)写真:福本和洋(MAETTICO)

谷尻誠さん(以下、誠):彼女はもともとファッションのスタイリストで、料理家に転身しています。板金屋の娘で、お父さんの職人気質を引き継いでいます。穏やかと見せかけて真っ直ぐ。僕はいつも怒られています(笑)。デキる女風なんですが、おっちょこちょいな側面もあります。

──お店を始められたきっかけは、誠さんが直子さんの背中を押したことだとお聞きしています。

:子どもが生まれて、僕が仕事で外に出ている間、彼女が子どもの面倒を見るために家にいるという時期があったんですね。その時、来客がたくさんあったんです。僕が家に帰ると、奥さんはいろんな人を家に呼んで料理をつくってふるまっていた。

直子:もともと料理は趣味として好きだったんです。以前はお友達とよく外食をしていたのですが、お腹が大きくなるとそうもいかなくなったので、じゃあ呼ぼう、って。

:そんな折、Twitterで彼女が”そのうちご飯屋さんでもやりたいな!”とつぶやいていたのを目にしたんです。僕は建築家なので、街を移動している時に空き物件を見る癖があるんですね。それでたまたま、いい物件を見つけて、見に行こうって言ったんです。

直子:ラーメン屋です。赤いビニール屋根も、油まみれの寸胴も、カウンターテーブルに汚れた新聞紙もそのまま置かれていて、ホコリをかぶったまま。「いい物件って、これ?」っていうのが最初の感想でした(苦笑)。
 

(左)ラーメン屋の面影が残る物件。「打ち合わせは僕が仕事から帰ってきてから、夜中にしていました。めっちゃ喧嘩しました(笑)」(誠さん)/(右)現在は、ラーメン店の赤いテントに代わって、「HITOTEMA」のサインが灯る。

:僕は職業柄、リノベーションしたら良くなるっていう未来が見えていたから、絶対やった方がいいと言いました。

直子:Twitterでは、ご飯屋さんをやれたらいいなぁ、っていうくらいの温度感でつぶやいたんです。実際は、子どもがいてできることなのか、とはいえ社会との接続点を失いたくない……などの不安を感じていました。そんななか、12月に子どもが生まれ、3月にいい物件(笑)に連れて行かれて背中を押され、エンジンがかかりました。

そもそもの夫との出会いは仕事で、彼には魔法使いのようなイメージを持っていました。一緒にプロジェクトに携わるなかで、かぼちゃを馬車に変えるように、限られた素材や空間を素敵な場所に変えていた。だから、信じてみようと思ったんです。
 

お店づくりの際は、神奈川県・葉山のwakka、栃木県・那須の吉田商店などの古道具屋を巡った。棚はwakkaで購入したものにヤスリを掛けてアンティーク風に仕上げた。


食器は金継ぎしたり、色もブルーのみを選ぶなど、華美にならないようにしている。「彼女は普段から『リペアするとオリジナルになる』と言っています。古いものに手を入れて価値を与えていくということは、”ひと手間を掛ける”ことにも通じますよね」(誠さん)写真:福本和洋(MAETTICO)

健康に配慮された、ストーリー仕立ての8品1コース

──『HITOTEMAのひとてま』は、「HITOTEMA」でも出されている料理のレシピが紹介されています。見たことがない料理だけれど、作り方は大変じゃないシンプルなレシピですね。どのように考えられたのですか?

直子:お店を始めて1年ほど経った、2年前から本を出したいと思っていました。今回の本づくりは昨年4月に始動したのですが、主婦の友社さんから出版のお声掛けをいただく前から、「こんな本にをつくりたい」という草案を用意していました(笑)。本の大きさや色、メニュー案も7、80くらいリストアップしてパワーポイントにまとめて。

レシピはだいたい深夜すぎに、夜な夜な考えています。魔女のように鍋をかき回しながら(笑)。
 

本にも掲載されている自家製コーラが会場で配られ、おいしさと作り方の意外さに驚きの声が。材料は、レモンとライム、シナモン、カルダモン、クローブ、バニラ、コーラナッツ。コーラナッツは抗うつに効果があると言われ、直子さんは今回のためにパリの自然派薬局(ファーマシー)から入手したとのこと。写真:福本和洋(MAETTICO)

:彼女はいつも料理のことを考えているんです。とにかくキッチン立って何かやっているか、本も食事や健康に紐づくものを読んでいます。

直子:その根源は、私が病気がちだったことも影響していると思います。どうしても強くなりたかった。未熟児で生まれたせいか、子どものころは身体が細くて、外で遊ぶと体調が悪くなったりして。外で遊ぶのが怖かったから、家で遊べるものばかり探して生活していました。だから、母の手伝いをして台所に立つことも多かったですね。


:今は心も身体もかなり丈夫ですね(笑)。

直子:自分の身体で料理の人体実験をしていますね(笑)。子どものころは運動が苦手だと思っていましたが、この17年ほどヨガを続けていて、食事と運動が自分を強くしていると実感しています。

──「HITOTEMA」では、8品で1コースを構成していますが、これも身体のことを考慮されて?

直子:こだわっているのは食べ順です。それをお店でも反映したいとコース仕立てにしています。最初に召し上がっていただくのは、ノンアルコールのワンショット。切り干し大根を煮出しただけの少し甘みのあるスープとか、青汁に自家製発酵シロップを加えてお抹茶のように召し上がっていただくものとか、夏はスムージーとか。身体の準備をしてもらうような役割です。

その次は生の魚介類の一品です。特定の食材のダイエットというものがありますが、私は食べ順ダイエットというか、生食から食べていただくことが私自身は効果があると思っていまして、それを密かに取り入れています。

それ以降は加熱食材で構成し、ストーリーづくりをします。外食ですと、1回の食事で2、3時間ほどかけておられると思いますが、その時間をどう楽しんでいただくかを考えています。
生魚は小さい小鉢で少しずつお出しするのですぐに終わってしまいますが、その後はちびちび召し上がっていただけるおつまみ系をお出しします。それは、お客さまがおそろいになるタイミングがバラバラだと思うので、その間もリラックスして快適な時間を過ごしていただきたいんです。

最後は、ごはん、おかず、おつゆの”おかんスタイル”、そしてデザートで締めるようにしています。

 
 
 

サポーズ「社食堂」も「HITOTEMA」も、食で細胞をデザインする

──誠さんは、ご自身の建築設計事務所、サポーズデザインオフィスに地域に開かれた「社食堂」をつくられましたよね。食べるということは、誠さんにとってどういうことですか?
 

代々木上原にある「社食堂」は、社食ながら一般の人も利用できる。

:とあるお店のオープンに際して、DM(招待状)のデザインを頼まれたんですね。本来はグラフィックデザイナーがやる仕事ですが、僕は建築家として、通常とは違うアプローチで印刷物をとらえられないかと思ったんです。通常はゴミになってしまうDMを、”捨てられない印刷物”にしようと考えていた時に相談すると、直子が「食べてしまえるものにしたら?」と言い出して。

ドライマンゴーに食べられるインクで場所と日時が書いてあって、持参するとドリンクが供されて、ともに楽しめるというものにしようと。DMの言葉も彼女に書いてもらいました。「読むことは脳で食べることである。考え方を司るのは脳。理性も感性も脳から生み出される。脳は細胞からできていて、細胞は、食べ物が原料である」。ハッとしました。

ドライマンゴーを食べていくと、DMがなくなり、その場にいる人達みんなが同じ細胞形成リズムにハマります。環境配慮とメッセージが溶け合った瞬間でした。「Shared」という名前の会場で、細胞をシェアした。そんな記憶が残っていて、会社で食堂をつくる時にコンセプトを「細胞からデザインする」にしました。
 

すべてが食べられるマンゴーにプリントしたインビテーション。

直子:「同じ釜の飯を食う」という言葉がありますが、私は、マンゴーハガキという同じものを食べることで、考え方や心が触れ合うことができるんじゃないか、と信じているんです。

──「HITOTEMA」では、12席に座り、同じ料理を食べた人達は、同じ細胞のデザインがされていくわけですね。

直子:密かな裏テーマというか、楽しみなんです。細胞が近づくからか、おいしいと言ってくださった方同士が会話を始めたりされていますね。
 
 
 

「ずっと好き同士でいたいから、アドバイスを求められる自分でいたい」(谷尻直子)

──「HITOTEMA」オーナーでもあり、お母さんでもある直子さん。1日をどのように過ごしていますか?

直子:今の私は、基本的に3種類の顔があります。母の顔、料理家・仕事人の顔、妻の顔、3種の役を授かった女優のような気持ちで生活しています。

お店のある金曜日は、仕事人としての顔が一番上、子どものことはなるべく考えなくてもいいように前日までに用意しておいて、仕事でどれだけ力を出し切れるかに集中します。

育児については、子どもの笑顔をどれだけつくれるか。妻としては、もちろん健康管理もうるさく言うけど、できればずっと好き同士でいたい、アドバイスを求められる自分でいたいと思っています。単なる奥さんというアイコンではなく、いろんなものを見ておくことに時間を費やしたい。

:彼女はいろんなことを知っていて、それゆえにイラっとすることも多い(笑)。的を射ているので、言われたくないこと言われたりして。だけど、だからこそ相談するんです。周囲がいいねと言う人ばかりだとつまらなくなることは事実です。言いにくいことも言ってもらえると、信頼が高まります。自分が新しいことに取り組む時は、最初に相談しています。
 

直子:妻としては、育児は失敗もたくさんあります。子どもを抱っこ紐から落としちゃったりしてお客さまをお待たせしてしまったり、子どもを抱っこしていてメッセージのお返事が遅くなってしまったり……。それでも、そんな場面でも見守ってもらえる、お客さまとの距離の近さはありがたいと思っています。

──これから先、「HITOTEMA」をどうしていきたいですか?

直子:小さいお店でお客さまの受け入れには限りがあるので、レストランなどに私のレシピを使ってもらったり……。

:7、8人が入れる2、3坪ほどのお店をいくつかつくるのはどうかとよく話しています。たくさん入れないからこそ、彼女の考え、DNAを引き継いでいけるんじゃないかと。
 
直子:あとはお弁当屋さんをやりたいんです。都会に住んでいると、夜もお弁当を食べたくなりませんか? ワインを片手に。夜弁当というか、コーヒースタンドのように弁当スタンドをやりたいです。テイクアウト中心だけど、ちょっとしたイートインスペースも付けて。

──どんどん直子さんが忙しくなって、誠さんはどう感じていますか?

:僕は、身近な人には良くなってほしいと思っているんです。

直子:彼はマネージャー気質ですね。

:「HITOTEMA」に限らず、設計して終わりじゃなく、どうしたらお店をプロモーションしていけるかも考えます。素敵な人が評価してくれたら、より素敵になるはずだから、大事な人にお店を紹介したりして。小山薫堂さんをお連れした時は、雑誌『GOETHE[ゲーテ]』(2015年)などで気に入ったお店に選んでくださいました。

直子:そういう方が来ると知らされると緊張するんです(笑)。そう言ったら、「緊張を楽しみんちゃい」って。最近は、そういう考えが癖付いてきてしまいました。

:緊張はときめいているということ。緊張が減るというのは、ときめきが減るということ。緊張することは豊かな人生だなと思うんです。夫として応援しています。

──控え室では「喧嘩にならなきゃいいけど」って言っていましたが、なごやかにイベントを終われそうで良かったです(笑)。

:応援して活躍してるのはいいけれど、忙しくなりすぎるとイライラになって僕に返ってくるから、それが悩ましい(笑)。

直子:イライラしないハーブティーを飲みます(笑)。
 
文:高橋 七重
 


【プロフィール】
谷尻 直子(たにじり・なおこ)

料理家
東京都渋谷区で予約制レストラン「HITOTEMA」を主宰。ファッションのスタイリストを経て、料理家に転身。「現代版のおふくろ料理」をコンセプトに、ベジタリアンだった経験や、8人家族のなかで育った経験を生かし、お酒に合いつつもカラダが重くならないコース料理を提案している。


谷尻 誠(たにじり・まこと)
建築家
1974年 広島生まれ。2000年、建築設計事務所SUPPOSE DESIGN OFFICE設立。2014年より吉田愛と共同主宰。広島・東京の2ヵ所を拠点とし、インテリアから住宅、複合施設まで国内外合わせ多数のプロジェクトを手がける傍ら、穴吹デザイン専門学校特任講師、広島女学院大学客員教授、大阪芸術大学准教授なども勤める。最近では、昨年末オープンの「BIRD BATH&KIOSK」の他、「社食堂」や「絶景不動産」「21世紀工務店」を開業するなど、活動の幅も広がっている。
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