【第73回】間室道子の本棚 『十二月の十日』 ジョージ・ソーンダーズ/河出書房新社

元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚 "を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
 
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『十二月の十日』
ジョージ・ソーンダーズ/河出書房新社
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10編はどれも衝撃だった。新刊紹介文に「ダメ人間の日常をSF的想像力で描く」とあり、愉快な作品なのかと思ったらまずシリアスで怖かった。

結末まで読んでも、じっさい起きたのは何なのか判断のつかないものもある(たとえば「ビクトリー・ラン」の最後、半狂乱で目覚める女の子の夢の記憶と、彼女の両親によるなだめの言葉はどっちが本当なんだろう?表題作のラストシーンで病気の男に訪れていることは白昼夢じゃないって、誰が言える?)。

さらに大きく心を揺さぶられたのは、こんなに残酷だったりへんてこだったりする物語なのにどれも根本は「愛の話」ということだ。

日本では虐待のニュースがたいへん多く、子供たちがたいへんな目にあっており、「しつけのため」と言いつつ、加害者たちがさあ今日はどうやって傷つけてやろうか、お前の一日を台無しにしてやろうかと考えていたのはミエミエ。

しかし、この本に出てくるクレイジーな親たちは我が子を痛めつけているとは思っていない。ある父親は家族生活をよりよく進めるために息子に妙なことを課しているし、母は「愛するひとり子」と呼びかける。別な物語の母親は子供を「死なせないため」、庭であることをしている。

ひどい実験をおこなっている科学者たちも、世界には愛しすぎて悲惨な目にあったり、愛し足りなくて残酷なことになったりが多すぎる、だからそのエネルギーをコントロールできたらいい世の中になるはずだと信じ、常軌を逸したテストをしている。

本人たちはいたって真剣にグロテスクなことをしていて、心には愛。そこがまた恐ろしさ倍増なのだが、読み返すと先回恐怖を感じたシーンにゲラゲラ笑っちゃったりする(たとえば「棒きれ」に出て来るお父さんの行動は、慄くべきか爆笑すべきか)。
情緒がどうにかなってしまいそう。

あと、おバカの書き方がすごい。通常の小説に出て来る彼らは、頭は悪いが心は優しいとか、働き者であるとか、「おつむに関してマイナス要素があるけど、それを補うものがあるんですよ」というかたちで登場する。しかしソーンダーズの人々は、バカなうえに変だ。彼らは真面目ではないし、やることは裏目に出るし、片づけができないし、行ってはいけない方へばかり進む。それを見下し目線で書いていないのがすばらしい!

ソーンダーズにとって彼らは「プラスをくっつけてあげなきゃ」でも「バカにしていい存在」でもないのだ。へまを取り返そうとしたり人生を挽回しようとするとこうなっちゃうんだよねえ、というどたばたを淡々と描く。とってもクール。ある意味やさしい。なによりぶっ飛んでいる。そんなジョージ・ソーンダーズの短編世界へようこそ!
 
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代官山 蔦 屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室  道 子
 
【プロフィール】
雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『婦人画報』、『Precious』、朝日新聞デジタル「ほんやのほん」などに連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『タイニーストーリーズ』(山田詠美/文春文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫)などがある。

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