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【第95回】間室道子の本棚 『恋愛未満』 篠田節子/光文社

「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
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『恋愛未満』
篠田節子/光文社
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 物語でドラマチックなことって何だろう?不倫とか大企業の不祥事とか殺人事件とか主人公の壮絶な過去とか未来がたいへんだとか、さまざまな大問題が小説の「キメのできごと」として使われるけど、読者にとっては意外なところが劇的に思えたりするもの。

本書にはタイトルどおり「恋愛未満」の関係の五編が収録されており、私がもっとも胸打たれたのは、最後に収録されている「夜の森の騎士」だ。

亜希子の母は旧家の奥様で、娘に対する依存が強く、当の亜希子もさからえない。親の反対を押し切って、転勤が多い会社員と結婚し家を出たものの、人見知りな自分に引っ越しを繰り返す生活ができるのかという不安と甘えから、夫の赴任先についていったことはない。その後父が亡くなり、なにかと娘を呼びつけ淋しさを訴える母親にからめとられていく日々と、どんどん離れていく夫との関係。十三年目に円満離婚となり、亜希子は実家に戻る。そこから六年目、母がおかしくなった。

認知症。そして、意識がはっきりしている時には耳鳴りや胸の苦しさを訴え、病院に連れていけ、いやふつうの車には乗れない、救急車を呼んで、と声高に亜希子に命じる。高齢からくる年相応の不具合のほかは、いくら検査しても異常は見つからない。

母は亜希子に罵声を浴びせ、暴れるが、娘以外に世話されることを断固拒否し、デイサービスやヘルパーを受け入れない。また、病院に行きたいと言うけど実は医者が嫌いだ。特に「男」に対する悪意と恐怖の妄想はひどくなり、精神科医から性的な目で見られた、整体師にいやらしいことをされた、理学療法士に殴る蹴るを受けたと言いまくる。

ある日、脳の写真を撮るために放射線技師が呼ばれた。目の下に隈をつくった青黒い陰気な顔。母の妄想をかき立てる見本のような脂っぽくどす黒い男臭さ。亜希子はいつものパニックを覚悟する。ところが、彼が「わたくしと一緒に行きましょう」と手を差し出すと、母はすなおに言うことをきいた。ホスト系でもジゴロ系でもマッチョ系でもない、そして高齢者や病人を支える介護士のやりかたでもない、ぞっとするほど洗練された、姫に対する騎士のような所作。

「認知症で凶暴になったおばあさんが、へんな顔色の中年放射線技師の言うことだけは聞くんだって」。ここにロマンはないし、何のうらやましい要素もない。だけどどんな波瀾万丈の冒険譚や歴史大作、略奪愛や常務の土下座より、ドラマチックだなあ、と思うのである。技師と母、そして亜希子の行く末は?

第一話は、モテないことはないが積極的なことは起こさず、求めず、そのまま五十代に突入した万年青年のような大学教授が、結婚を前提におつきあいしてほしいと告白した相手とは、というお話。二話目は年上だろうが初対面だろうが、誰彼かまわず上から目線で説教をしまくる二十八歳の女性看護師が、山奥の事故現場に駆け付けたのちに起きた事件と、彼女を救うために意外な人物がどえらいことをやらかす物語。

どちらもこのあらすじを「ドラマだなあ」と思うでしょう。でも読後の感想としては、第一話ではアラフォー女性が閉まったドアの奥に向かって「避妊しろよ!」と言うシーン、第二話では、山での事件のあと説教看護師がある嘘をついたこと。これがキメの大仕掛けより興奮しちゃう。

どの話のどこに反応するか。読者の皆さんの胸のうちにある経験や想いが、いちばんドラマチックかもしれませんよ!
 
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代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室  道 子
 
【プロフィール】
雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『婦人画報』、朝日新聞デジタル「ほんやのほん」などに連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『タイニーストーリーズ』(山田詠美/文春文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)などがある。
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