【第108回】間室道子の本棚 『そこに無い家に呼ばれる』 三津田信三/中央公論新社

「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
 
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『そこに無い家に呼ばれる』
三津田信三/中央公論新社
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ホラーの投稿映像や再現ドラマでよくあるのが、嫌がる友人や恋人を「大丈夫だって!」とかなんとか言いながら心霊スポットに連れていったらあんのじょう恐怖に遭遇し、半笑いだった首謀者がスマホやハンディーカメラをブン投げ、皆逃げる、というもの。

こういうのは恐怖より「自業自得でしょ」の気持ちが勝つ。「いかない方がいいと言われていたところに行ったらよくないことが起きた」、こんなのは「熱湯に手を突っ込んだらやけどした」「激辛料理を食べたら辛かった」ぐらいのかんじで、「やらなきゃいいだけの話」にしか思えないのである。

三津田信三先生の、実話と創作のスレスレを行く「幽霊屋敷シリーズ」はなぜ怖いのかと考え、読まずにはいられなくなる手続きがすごく巧妙なんだと気づいた。絶対に本から逃げられないようにする。読書中断という選択を不可能にする。この仕掛けがすごいのである。

三作目の本書では冒頭、怪奇好きな編集者が、幽霊屋敷という場合、「幽霊の出る家」という意味になりますが、そうではなくて「家そのものが幽霊」であるケースはご存知ですか、と話を振ってくる。

三津田先生は古今東西の小説、映画、実話からいろんなものを挙げる。素晴らしいなと思ったのは、幽霊船の例だ。

家が幽霊屋敷になる=幽霊の出る家になる場合、かつてそこで殺人事件が起きたとか、墓地を無理やり宅地開発して建てたとかがありがち。でも幽霊船というのは、走行する船の前に突然あらわれる。合図をしても無反応。乗り込んでみると誰もいない。何十年も海を漂ってきた難破船でもいいし、ついさっきまで誰かがいたようにテーブルの上に温かさの残るコーヒーがある最新設備の船でもいい。両方、怖い。「調べてみたら、かつてこの船で、この海域で、人間が残虐なことを」なんていらない。船そのものが幽霊としかいいようのない存在なのだ。さすが三津田先生!

閑話休題、話を振ってきた編集者には今は亡きお祖父さんがいて、「猟奇者」だったこの人は怪異的なことにお金をつぎ込み、なんでもかんでも集めていた。とくにすごいのは書物なのだけど、編集者が魅了されたのは本の形をとらない一般人の「記録」。祖父の蔵から出てきた私的な四つの体験記+編集者の伯母さんが入手していた「子供部屋の壁の異状」の日記がもとになり、三津田先生のシリーズ一作目『どの家にも怖いものはいる』が書かれた。病死や事故死、殺人のあった家の部位を継ぎはぎした建物のお話=二作目の『わざと忌み家を建てて棲む』もこの蔵から生まれた。

で、編集者は実はへんなものを見つけた、と先生に報告する。蔵は乱雑をきわめており、三冊構成のノートのうち一と三は大型封筒に入っていたが二冊目が見当たらないとか、異様な物語が書かれた紙片の束が洋書の間から出てきたとかは日常茶飯事。しかし、今回見つけたものは、木の箱に入っていた。しかも箱にはお祖父さんの手で・・・。

これ以上書くと「本の内容を明かしすぎだ~」と呪われそうなのでやめる。本書『そこに無い家に呼ばれる』を書くきっかけになったエピソードはこのP44まで。全体からするとほんの少し。いよいよ次から約230ページのボリュームで本編が始まるのだが、ここで止められる?!「今なら引き返せる」はどこから無くなったんだろう、と思いながら、私の手がページをめくりだす。

最後に、「これ以上明かすと呪われそう」と言ったが、私は誰にと思っているんだろう。三津田先生に?蔵のお祖父さんに?

幽霊小説という場合、「幽霊の出る話」という意味になりますが、そうではなくて「本そのものが幽霊」であるケースはご存知ですか、と三津田先生に聞いてみたい。私の作品がそうだよ、と言われそう。きゃあああああああああああああああああああああああ。


 
 
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代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室  道 子
 
【プロフィール】
雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『婦人画報』、『Precious』、朝日新聞デジタル「ほんやのほん」などに連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『タイニーストーリーズ』(山田詠美/文春文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫)などがある。

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