【第122回】間室道子の本棚 『Seven Stories 星が流れた夜の車窓から』糸井重里、井上荒野ほか/文藝春秋

「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
 
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『Seven Stories 星が流れた夜の車窓から』
糸井重里、井上荒野ほか/文藝春秋
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本書はアンソロジーで、テーマは九州を走る豪華寝台列車「ななつ星」。井上荒野さん、恩田陸さん、川上弘美さん、桜木紫乃さん、三浦しをんさんが小説を書き、小山薫堂さんと糸井重里さんがエッセイを寄せている。

ふつうこういう企画は依頼主がこの日本一予約が取りにくい最高峰の列車旅に作家を招待し、「じゃあ書いてね!」となるものだ。しかし、小山薫堂さんにお会いする機会がありお聞きしたところ「まだ乗ってません!」

"「ななつ星」に乗れる!"が楽しみで引き受けた仕事だったが、忙しくしているうちに原稿の締め切りが来たらしい。そして時はコロナ禍。春には運休も発生した。小山さん以外の六人のうち、何人が実際に乗車し、何人が乗らずに書いたのかは不明である。

で、もちろん乗るに越したことはないのかもしれぬが、そこは名うての七人。ある人は今年の特殊事情を逆手に取ったユニークな旅を書いている。ある人の物語には「この列車って、そうそう、これに似てるんだよね」が(皆様、本の表紙をじーっと見つめてください)重要なアイテムとして登場。とにかく「ななつ星」という存在が、人々に夢の時間を与え、イメージを大いにふくらませることは証明されたのである!

本書の糸井重里さんのエッセイに、「帰るところのない旅は、旅とは言えない。それは引っ越しというものだし、もしかしたら行方不明ということにもなる」と書かれていて、ふうん、と思った。たしかに人生には「戻る旅」と「行ってしまったっきりの旅」がある。わたしは後者が好きだ。

たとえ東京とかわが家とかの「場所」に帰ったとしても、旅した人のなにかがもう元には戻らない。それは哀切であるとともに、解放。そんなお話が、本書の中にもある。

小山薫堂さんの随想のタイトルは「旅する日本語」。「取材」が裏にない、頭の中の「いつか乗るぞ」というあこがれで書かれた文章は軽やかだ。今どれだけの人がこの美しい言葉を知っているだろう、という七つの日本語と、九州の風物がゆるやかにクロスする。添えられた信濃八太郎さんのイラストが、旅先からの絵はがき風なのもすごくいい。旅することの真髄である「はるか」がこのエッセイにはある。

また、「旅が終わらないうちに次の旅を考えている」というフレーズに惹かれた。そう、旅から旅を続けていれば、「引っ越し」とか「行方不明」ではない、自由さの中にい続けられる。お目にかかったのは二、三回だけど、あるアイデアを語っている最中にまったく別な仕事のひらめきが飛び出す小山さんに驚かされた。

旅から旅へ、発想から発想へ。

エッセイスト、ラジオパーソナリティ、ビジネスプランナーなど、多彩な顔をもつ小山さんの企画力のふんだんさは、こんなところに秘密があるのだと思う。
 
 
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代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室  道 子
 
【プロフィール】
雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『婦人画報』、『Precious』、朝日新聞デジタル「ほんやのほん」などに連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『タイニーストーリーズ』(山田詠美/文春文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫)などがある。

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