【第142回】間室道子の本棚『バイバイ、ブラックバード』伊坂幸太郎/双葉文庫

「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
 
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『バイバイ、ブラックバード』/双葉文庫
伊坂幸太郎
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主人公・星野一彦は三十代で、妙に女の気を引く顔と性格の男。彼は膨大な借金&ある人の逆鱗に触れたため、残りの人生を謎の組織に差し出すことになる。最後の願いは「交際相手にさよならが言いたい」―希望は叶えられ、星野の五股(!)の彼女たちへのお別れ行脚が始まる。

女を食い物にしているわけではないのがミソで、「親しくなりたい女性と自然に交際をしていったところ、五人になっていた」が彼の言い分。ただのやさしいやさしい男。ある意味一番罪ね!とにかくどの女も、星野といれば楽しかったのだ。

不倫経験者、ついてないシングルマザー、ロープ好き(?!)、診断結果を待つ女、人気女優など五人の女性はバラエティ豊か。でもなんと言っても組織からの見張り役として派遣され、星野に同行する繭美ちゃんがすごい。

身長190㎝、体重200㎏。サイズ感としては往年のプロレスラー「アブドーラ・ザ・ブッチャー」が引き合いに出される。性格は乱暴で意地悪で毒舌。「人を傷つけること以上に楽しいことがあったら教えてくれよ」と言い放つ。星野にくっついているのも組織の命令を超えて、「おまえが別れを告げて、相手の女が寂しそうにするのを見るのが楽しみ」「ふられた女の傷に塩を塗るみたいにして嫌がらせがしたい」のである!

さらに「女たちにはわたしと結婚すると言え」と提案する。ただ別れたいとか他に女ができましたでは未練を噴出させたり対抗意識を燃やしたりするかもしれないが、このわたしが花嫁になると分かったら相手はあきれ、諦め、納得するだろう、というのだ。かくして訪問先でなさけなーい別れ話が進行する中、繭美は星野をからかい、相手の女に皮肉や嫌味を言いたい放題。

弱点はある。彼女は風変りな出来事に弱いのだ。常識とか道徳とかをぶっ飛ばして生きてるが「へんなこと」には関心を持つ。かくして別れを告げた時、女たちそれぞれが抱えていた問題や屈託に、星野と繭美が介入することに!

で、信じがたいでしょうが、みなさん、絶対彼女を好きになる。本書は丸ごと一冊かけて、「R指定のなまはげ」「熊」「モンスター」と形容され、傲岸不遜、傍若無人、迷惑千万と負の四字熟語がいくらでも出てきちゃう女を、読者が好きにならざるをえないようにする、という作者・伊坂幸太郎さんの力業を体感する作品なのだ。星野の本当のヒロインは五人の恋人の誰でもない、繭美だ、がんばれ!とラストに胸を熱くすること必至。

ストーリーの面白さとともに、文学に何ができるかを堪能できる快作だ。
 
 
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代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室  道 子
 
【プロフィール】
雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『婦人画報』、電子雑誌「旅色 TABIIRO」、朝日新聞デジタル「ほんやのほん」などに連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『タイニーストーリーズ』(山田詠美/文春文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫)などがある。

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