【第147回】間室道子の本棚『薔薇のなかの蛇』恩田陸
「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
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『薔薇のなかの蛇』
恩田陸
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ファンの方々は「何を今さら!」とおっしゃるだろうけど、恩田作品の魅力はおしゃべりにある。いろんな人がいろんなところで、隙あらば会話する。
水野理瀬が主人公となる長編は、2000年刊行の『麦の海に沈む果実』、2004年の『黄金の百合の骨』、そして17年ぶりとなる本書。もちろん、麦、百合、薔薇の順で読んでいただけると彼女の「成り立ち」の深みが増すが、いきなり本作からでもかまわない。
おしゃべりが鍵を握るミステリーというと「会話文を丁寧に読んでいけば謎は解けるのか」と思われそうだがそうはいかない。現実でもそうだが、人間には「何かを話さないために他のあらゆることをしゃべりまくる」という性質があるからだ。「聞こえているのに届いてない」もあるし、「不満」が「相談」という形で伝えられたりもする。げに、おしゃべりは恐ろしい。
最初のシーンは英国の片田舎。青年ヨハンと客人が、TVで大騒ぎをしている「頭と両手首が持ち去られ、胴体がまっぷたつに切断された死体」について会話をする。二人の様子がときどき差し挟まれながら、本書全体が進行する。
場面は「ブラックローズハウス」と呼ばれる巨大な屋敷に移る。牧草地に抜ける小道を歩きながら、金融街に就職が決まった弟デイヴと民間の研究所勤めをすることになった兄のアーサーが父親の話をしている。俗物、傲慢、どケチと三拍子そろったあの男が、親戚一同及びたくさんの人々をここに集め自分のお誕生日パーティを開こうとしているのだ。しかも前々日からのご招待という豪勢な計画だ。まもなく大勢がやってくる。
兄弟の会話はやがて、新聞に載っていた猟奇人体切断事件に及ぶ。その時、林の中に異様な動きをする黒い影が見え、そのあと一人の女があらわれる。リセ・ミズノの登場である。やがてブラックローズハウスの敷地内で、おぞましいものが発見される。あの世間を騒がせているのとまったく同じ形状の・・・。
恩田作品らしく、第二の死体を待たずに物語のいろんな場所で、いろんな組み合わせでおしゃべりは始まっている。アーサーは何人もの人から「就職先は国家の秘密機関なんですって?」と言われて閉口。女性客からのモーションや抱擁の強要もありさらに面喰う。親父どのの企みや屋敷の歴史も会話のまな板にのる。
そして、声高な主張やこれみよがしの先導なし、気配すら消しているふうなのに、彼女がぽつりと漏らした一言が、会話の筋道をつけたり逆にその場の全員を沈黙させたりする美しいリセ。彼女はアーサーとデイヴの妹アリスの友人で、大学で図像学の勉強をしている。紋章、シンボル、隠されたメッセージ・・・。
アーサーたち兄妹にリセは、昔は5つ、1つが焼失した今は4つの建物から成り立っているブラックローズハウスを、小高い場所から見て気づいたことを話す。そののちに、建物の配置及びお屋敷の紋章が、日本の花の家紋に似ていることに言及する。紋には「陰」と「裏」があり、この紋を使った武将は皆、悲劇的な最期を遂げたと言われています、と会話を結ぶ。シビれるシーンである。
アーサーは彼女に興味を持つ。美貌や知性への賞賛ではなく警戒心で。リセはそれを見抜いている。互いを思う時浮かぶのは「敵」というワード。それが彼らを離すどころか結び付けているのが面白い。二人はブラックローズハウスという館、そして切断事件の謎に迫っていく。本書は「血」や「家」を超えて、この若い男女が世界を動かす人になっていく準備の物語なのだ。
読後、例の花の家紋の「裏」を調べて、本書のタイトルを思った。「ぜんぜん違う!」という人も多いかもしれないが、作家の創作のイメージってこういうところから来てるのかな、と想像すると楽しい。
水野理瀬が主人公となる長編は、2000年刊行の『麦の海に沈む果実』、2004年の『黄金の百合の骨』、そして17年ぶりとなる本書。もちろん、麦、百合、薔薇の順で読んでいただけると彼女の「成り立ち」の深みが増すが、いきなり本作からでもかまわない。
おしゃべりが鍵を握るミステリーというと「会話文を丁寧に読んでいけば謎は解けるのか」と思われそうだがそうはいかない。現実でもそうだが、人間には「何かを話さないために他のあらゆることをしゃべりまくる」という性質があるからだ。「聞こえているのに届いてない」もあるし、「不満」が「相談」という形で伝えられたりもする。げに、おしゃべりは恐ろしい。
最初のシーンは英国の片田舎。青年ヨハンと客人が、TVで大騒ぎをしている「頭と両手首が持ち去られ、胴体がまっぷたつに切断された死体」について会話をする。二人の様子がときどき差し挟まれながら、本書全体が進行する。
場面は「ブラックローズハウス」と呼ばれる巨大な屋敷に移る。牧草地に抜ける小道を歩きながら、金融街に就職が決まった弟デイヴと民間の研究所勤めをすることになった兄のアーサーが父親の話をしている。俗物、傲慢、どケチと三拍子そろったあの男が、親戚一同及びたくさんの人々をここに集め自分のお誕生日パーティを開こうとしているのだ。しかも前々日からのご招待という豪勢な計画だ。まもなく大勢がやってくる。
兄弟の会話はやがて、新聞に載っていた猟奇人体切断事件に及ぶ。その時、林の中に異様な動きをする黒い影が見え、そのあと一人の女があらわれる。リセ・ミズノの登場である。やがてブラックローズハウスの敷地内で、おぞましいものが発見される。あの世間を騒がせているのとまったく同じ形状の・・・。
恩田作品らしく、第二の死体を待たずに物語のいろんな場所で、いろんな組み合わせでおしゃべりは始まっている。アーサーは何人もの人から「就職先は国家の秘密機関なんですって?」と言われて閉口。女性客からのモーションや抱擁の強要もありさらに面喰う。親父どのの企みや屋敷の歴史も会話のまな板にのる。
そして、声高な主張やこれみよがしの先導なし、気配すら消しているふうなのに、彼女がぽつりと漏らした一言が、会話の筋道をつけたり逆にその場の全員を沈黙させたりする美しいリセ。彼女はアーサーとデイヴの妹アリスの友人で、大学で図像学の勉強をしている。紋章、シンボル、隠されたメッセージ・・・。
アーサーたち兄妹にリセは、昔は5つ、1つが焼失した今は4つの建物から成り立っているブラックローズハウスを、小高い場所から見て気づいたことを話す。そののちに、建物の配置及びお屋敷の紋章が、日本の花の家紋に似ていることに言及する。紋には「陰」と「裏」があり、この紋を使った武将は皆、悲劇的な最期を遂げたと言われています、と会話を結ぶ。シビれるシーンである。
アーサーは彼女に興味を持つ。美貌や知性への賞賛ではなく警戒心で。リセはそれを見抜いている。互いを思う時浮かぶのは「敵」というワード。それが彼らを離すどころか結び付けているのが面白い。二人はブラックローズハウスという館、そして切断事件の謎に迫っていく。本書は「血」や「家」を超えて、この若い男女が世界を動かす人になっていく準備の物語なのだ。
読後、例の花の家紋の「裏」を調べて、本書のタイトルを思った。「ぜんぜん違う!」という人も多いかもしれないが、作家の創作のイメージってこういうところから来てるのかな、と想像すると楽しい。