【第151回】間室道子の本棚 『ブラック・チェンバー・ミュージック』阿部和重/毎日新聞出版
「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
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『ブラック・チェンバー・ミュージック』
阿部和重/毎日新聞出版
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人生を棒に振ったアラフォー映画監督・横口健二の前に現れたのは、「北」から来た女密使!彼はこの女を密入国させた新潟の反社・沢田のオドシそして「うまくいったら100万円」の報酬ほしさに、彼女とともに日本の雑誌に載った「アルフレッド・ヒッチコック試論」の全文探しをすることになる。
女が持っていた、あちこちが破れ、ページも抜けている「試論」のコピーからわかるのは、これが翻訳されたものであることと筆者が「金有羅」であることのみ。雑誌のタイトルや、一般流通か私家版か、いつ頃の掲載かはわからない。これで探せる?しかも期限は三日間。その間、仮名で「ハナコ」と名付けられた密使と横口は三軒茶屋の彼のボロアパートで同棲生活だ!
横口が昔お世話になっていた編集者男女、その片方が名前を教えてくれた映画評論家と不倫相手の協力(現象的には瓢箪から駒?!)により、「試論」の金有羅が「北のアノお方」であることがわかってくる。物語にはさらに新宿のカラオケ店でおこなわれる「北」と「南」の情報員の非公式接触(非常にシビアながら様相は女子会。スイーツ大好き!)や、ヒッチコックがらみの評論や研究にたえず目を光らせている神田の古本屋の店主(「サーチ・アンド・デストロイ」!)などがからみ、「救いや打開を求めて行った先でさらなる災難が起きる」というスリラー映画のお手本のような仕上がりになっている。
2021年7月14日、代官山 蔦屋書店で本書の刊行記念リモート・トークショーが行われ、作者・阿部和重さんと聞き手の思考家・佐々木敦さんが登場。
阿部さんはまず「北」を書く難しさについて語った。たいがいの国はいくらでも調べられるし、現地の誰かを紹介してもらってインタビューや資料のお願いもできる。しかし圧倒的に情報が少ないうえに「そこと気軽につながる」ができない場所と人を書く今回、「紋切り型は避けられない」と覚悟したそうだ。そうわかったうえで、作家としてどういうふうにするか。
阿部さんは「キャラクターとして出し、構造をひっくり返す」を考えたと言う。私はこれがもっともよく出ているのが密使「ハナコ」だと思った。
彼女は長身で黒づくめ。表情があまりなく、ほぼしゃべらない。まさに「ああ、北の工作員ぽい!」である。で、たとえば「北から来たんだけどキュートでPOPで性格的にミーハー」という「さあ、今までのを打ち破りましたよ!」を書いたとしても、それはそれで「定型の逆を行ったのね」というわかりやすーい「別の紋切り型」になるだけだ。
私が「ハナコ」に感じた新しさは、最後までフラットで顔が見えないところ。
実はリモートイベント視聴者から投稿された質問の中に私が書いたこの内容を紛れ込ませており、阿部さんが「うん、すごく意識した」と答えてくださったんだけど、この手のお話では、無表情だった女性がだんだん生き生きし、美しさを開花させ、男性主人公が「あれっ、彼女、こんなだったんだー」となってロマンスが始まる、が定番。しかし「ハナコ」は基本変わらない。微笑んだり気持ちを話すようになったりするけど、「きびしい統制下にある独裁国家から来た人」「撤退も失敗も許されない任務を背負った女」に瞬時に戻る。でもそのままで、「北の人」のままで、自分と行動を共にしてくれてる横口に恋したっていいじゃないか!
最後には読者全員、「ハナコ」を好きになっていると思う。わかりやすく輝いたり女に目覚めたりなしの、真顔、生真面目、断固たる意志を帯びた眼光。最初となんら変わらないのに、好き。もう阿部マジックとしか言いようがない。
これが「キャラクターを出しながら、構造はひっくり返す」なのかな、とトークを聞いていてうなった。
ラスト近くで彼女が横口にあるものを教えるシーンと、最後の「新着映像」が、泣かす!
女が持っていた、あちこちが破れ、ページも抜けている「試論」のコピーからわかるのは、これが翻訳されたものであることと筆者が「金有羅」であることのみ。雑誌のタイトルや、一般流通か私家版か、いつ頃の掲載かはわからない。これで探せる?しかも期限は三日間。その間、仮名で「ハナコ」と名付けられた密使と横口は三軒茶屋の彼のボロアパートで同棲生活だ!
横口が昔お世話になっていた編集者男女、その片方が名前を教えてくれた映画評論家と不倫相手の協力(現象的には瓢箪から駒?!)により、「試論」の金有羅が「北のアノお方」であることがわかってくる。物語にはさらに新宿のカラオケ店でおこなわれる「北」と「南」の情報員の非公式接触(非常にシビアながら様相は女子会。スイーツ大好き!)や、ヒッチコックがらみの評論や研究にたえず目を光らせている神田の古本屋の店主(「サーチ・アンド・デストロイ」!)などがからみ、「救いや打開を求めて行った先でさらなる災難が起きる」というスリラー映画のお手本のような仕上がりになっている。
2021年7月14日、代官山 蔦屋書店で本書の刊行記念リモート・トークショーが行われ、作者・阿部和重さんと聞き手の思考家・佐々木敦さんが登場。
阿部さんはまず「北」を書く難しさについて語った。たいがいの国はいくらでも調べられるし、現地の誰かを紹介してもらってインタビューや資料のお願いもできる。しかし圧倒的に情報が少ないうえに「そこと気軽につながる」ができない場所と人を書く今回、「紋切り型は避けられない」と覚悟したそうだ。そうわかったうえで、作家としてどういうふうにするか。
阿部さんは「キャラクターとして出し、構造をひっくり返す」を考えたと言う。私はこれがもっともよく出ているのが密使「ハナコ」だと思った。
彼女は長身で黒づくめ。表情があまりなく、ほぼしゃべらない。まさに「ああ、北の工作員ぽい!」である。で、たとえば「北から来たんだけどキュートでPOPで性格的にミーハー」という「さあ、今までのを打ち破りましたよ!」を書いたとしても、それはそれで「定型の逆を行ったのね」というわかりやすーい「別の紋切り型」になるだけだ。
私が「ハナコ」に感じた新しさは、最後までフラットで顔が見えないところ。
実はリモートイベント視聴者から投稿された質問の中に私が書いたこの内容を紛れ込ませており、阿部さんが「うん、すごく意識した」と答えてくださったんだけど、この手のお話では、無表情だった女性がだんだん生き生きし、美しさを開花させ、男性主人公が「あれっ、彼女、こんなだったんだー」となってロマンスが始まる、が定番。しかし「ハナコ」は基本変わらない。微笑んだり気持ちを話すようになったりするけど、「きびしい統制下にある独裁国家から来た人」「撤退も失敗も許されない任務を背負った女」に瞬時に戻る。でもそのままで、「北の人」のままで、自分と行動を共にしてくれてる横口に恋したっていいじゃないか!
最後には読者全員、「ハナコ」を好きになっていると思う。わかりやすく輝いたり女に目覚めたりなしの、真顔、生真面目、断固たる意志を帯びた眼光。最初となんら変わらないのに、好き。もう阿部マジックとしか言いようがない。
これが「キャラクターを出しながら、構造はひっくり返す」なのかな、とトークを聞いていてうなった。
ラスト近くで彼女が横口にあるものを教えるシーンと、最後の「新着映像」が、泣かす!