【第164回】間室道子の本棚 『闇祓(やみはら)』辻村深月/KADOKAWA
「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
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『闇祓(やみはら)』
辻村深月/KADOKAWA
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私にとって恐怖は「角度と方向」だ、ということを第58回の福澤徹三先生作『廃屋の幽霊』の評で書いた。
何かの増量=たとえば血の量が、霊力が、エスカレートしていく、という話は怖いけどいろんなのを観たり読んだりするうちに慣れる。一人の人間につまっている血液は一定量なのだから、「死体がひとつなのに血がどうみても50人ぶん」ではしらける。壁のしみが始まりで、カップが割れ、家具が転倒し、窓ガラスが一斉に砕け、というお話はたいてい呪われた屋敷が崩壊して終わる。これを上回るには「ご近所も全滅」なのだが、次は町全体、その次は、と考えるとしまいにゃ「ある家にしみができたら地球が吹き飛んだ」になり、もはやギャグである。
その点、一回一回どの方向から飛んでくるかわからない恐怖。これは怖い。辻村深月さんもこの名手である。
みなさん、転校してきた男子に言われていちばん嫌なことってなんですか?
本書の第一章、その子は高二の変な時期に編入してきて背が高く痩せ型で動きがぎこちなくて声が不明瞭だった。名前は白石要。で、先生に連れられてクラスに入ってきたときから、主人公の女の子・原野澪をじーーーーっと見る。
クラスの委員長である澪は先生に頼まれ、放課後学校案内をすることになった。最初にあんなに見つめてきたのにそばを歩く白石は反応がにぶい。彼女は知らず知らずに内省モードに入る。自分は優等生と言われるけど気が弱いだけだ。周囲の期待を読み取り、気を遣ってしまう・・・。そこで、今まで黙っていた白石が澪に向かって信じられないことを言うのである!
読んだとき心底ゾーッとした。こんなことを言われたら、私だったら次の日学校に行かない。そういういや~な感じの「なんでそんなことを!?」なのだ!
読者がこうなんだから、言われた当人の恐怖たりや。所属している陸上部の部室に逃げ込んだ澪に、あこがれの神原先輩が声をかけてくれた。彼は何があったのかを聞き出し、なんと帰りに家まで送ってくれた。
ここから、ほんとうの恐怖がはじまる。
じょじょに白石要がどういう人物かわかってくるのだが、それでも「最初の澪への一言」は尾を引く。著者につぶされた肝は回復しない。へたすると一生もん。辻村さん会心の、初の本格ホラーミステリ長編である!!
本書のテーマは「蝕む」だと思う。白石登場の「転校生」では男女交際、第二章の「隣人」では団地、第三章の「同僚」では会社の部署、第四章の「班長」では小学校の教室という、いろんな可能性があって広いようでいて、ある面ではとっても狭い空間がいつのまにか閉じられ、外の空気が入ってこない状態になり、中にいる者たちは目的を見失った行動に走る。安らかさのない結びつき。幸福に向かわない正しさ。そして最終章。ここで登場するのは私たちの究極の形態だ。
「距離感」もテーマのひとつだが、日常生活で、男女、近隣、友人、社内のかかわりからはなんとか距離を置こうとすることができる。でも五つめのつながりは、離れるのがとても難しい。
「形の存続だけを目的に、ほんらい意思のないものが人を支配する」というふうな言葉が後半でてくる。国家や軍、ウィルス、そして最終章の関係。「元凶」や「中心」を見つけにくく、見つけたとて、になりがちで、ラスボスがいないカオスだけの世界。災害時にはなにかと「身を守ってください!」と言われる。でも、心を守るには?そして種が実は自分自身だとしたら?私が隠している弱さや不満を、「あれ」はとてもよく増幅させるだけだとしたら?
ニュースに出てくる悲惨な争いや犯罪を見るたび、「ヤミハラ」を思う。
そう、この作品では「祓うもの」と「祓われるもの」が同じ音なのが面白い。また「あの苗字にこの漢字が使われてるのか」とちょっとショックなこともある。続編の予感に満ちた作品!
何かの増量=たとえば血の量が、霊力が、エスカレートしていく、という話は怖いけどいろんなのを観たり読んだりするうちに慣れる。一人の人間につまっている血液は一定量なのだから、「死体がひとつなのに血がどうみても50人ぶん」ではしらける。壁のしみが始まりで、カップが割れ、家具が転倒し、窓ガラスが一斉に砕け、というお話はたいてい呪われた屋敷が崩壊して終わる。これを上回るには「ご近所も全滅」なのだが、次は町全体、その次は、と考えるとしまいにゃ「ある家にしみができたら地球が吹き飛んだ」になり、もはやギャグである。
その点、一回一回どの方向から飛んでくるかわからない恐怖。これは怖い。辻村深月さんもこの名手である。
みなさん、転校してきた男子に言われていちばん嫌なことってなんですか?
本書の第一章、その子は高二の変な時期に編入してきて背が高く痩せ型で動きがぎこちなくて声が不明瞭だった。名前は白石要。で、先生に連れられてクラスに入ってきたときから、主人公の女の子・原野澪をじーーーーっと見る。
クラスの委員長である澪は先生に頼まれ、放課後学校案内をすることになった。最初にあんなに見つめてきたのにそばを歩く白石は反応がにぶい。彼女は知らず知らずに内省モードに入る。自分は優等生と言われるけど気が弱いだけだ。周囲の期待を読み取り、気を遣ってしまう・・・。そこで、今まで黙っていた白石が澪に向かって信じられないことを言うのである!
読んだとき心底ゾーッとした。こんなことを言われたら、私だったら次の日学校に行かない。そういういや~な感じの「なんでそんなことを!?」なのだ!
読者がこうなんだから、言われた当人の恐怖たりや。所属している陸上部の部室に逃げ込んだ澪に、あこがれの神原先輩が声をかけてくれた。彼は何があったのかを聞き出し、なんと帰りに家まで送ってくれた。
ここから、ほんとうの恐怖がはじまる。
じょじょに白石要がどういう人物かわかってくるのだが、それでも「最初の澪への一言」は尾を引く。著者につぶされた肝は回復しない。へたすると一生もん。辻村さん会心の、初の本格ホラーミステリ長編である!!
本書のテーマは「蝕む」だと思う。白石登場の「転校生」では男女交際、第二章の「隣人」では団地、第三章の「同僚」では会社の部署、第四章の「班長」では小学校の教室という、いろんな可能性があって広いようでいて、ある面ではとっても狭い空間がいつのまにか閉じられ、外の空気が入ってこない状態になり、中にいる者たちは目的を見失った行動に走る。安らかさのない結びつき。幸福に向かわない正しさ。そして最終章。ここで登場するのは私たちの究極の形態だ。
「距離感」もテーマのひとつだが、日常生活で、男女、近隣、友人、社内のかかわりからはなんとか距離を置こうとすることができる。でも五つめのつながりは、離れるのがとても難しい。
「形の存続だけを目的に、ほんらい意思のないものが人を支配する」というふうな言葉が後半でてくる。国家や軍、ウィルス、そして最終章の関係。「元凶」や「中心」を見つけにくく、見つけたとて、になりがちで、ラスボスがいないカオスだけの世界。災害時にはなにかと「身を守ってください!」と言われる。でも、心を守るには?そして種が実は自分自身だとしたら?私が隠している弱さや不満を、「あれ」はとてもよく増幅させるだけだとしたら?
ニュースに出てくる悲惨な争いや犯罪を見るたび、「ヤミハラ」を思う。
そう、この作品では「祓うもの」と「祓われるもの」が同じ音なのが面白い。また「あの苗字にこの漢字が使われてるのか」とちょっとショックなこともある。続編の予感に満ちた作品!