【第179回】間室道子の本棚 『愛のぬけがら』エドヴァルド・ムンク/ムンク美術館:原案・テキスト 原田マハ:翻訳

「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
 
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『愛のぬけがら』
エドヴァルド・ムンク/ムンク美術館:原案・テキスト 原田マハ:翻訳
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自分がなにをさがしているかよくわかっていない方への接客もたいへんだけど、頭の中に断固たるお目当てがある方も難しい。この春、某メディアのために連続で選書をしているのだが、出されるお題がすごい。たとえば「日曜日の夕方の気持ち」「誰かを待っている小説」「〆切前を言葉であらわすと」・・・コアすぎだろう!しかも「一題につき五冊お願いします」 死ぬ死ぬ。

これはという本を当たり、ひねり出す日々だが、もうやだ。なにか別なものが読みたい。というわけで手に取ったのが本書。

原田マハさんが「目の画家、手の画家というよりも、感性の画家であり、言葉の画家でもあったのだ」と位置付けるムンクが残したスケッチブック、手紙、創作ノートなどから選び取られた文章集で、絵や写真もたくさん。「アートと自然」「友人と敵」「愛」「お金」など魅力的なくくりでまとめられている。その中に「死」があった。

おお、「死」とは人間の人生の〆切ではないか。いちばん刺さったのが、「我々が死ぬのではない。世界が私たちから消滅するのだ」という言葉。

マハさんは前書きにあたる「言葉の画家、その調べ」でムンクの作品を「けっして見てはいけないもの、同時にけっして目をそむけてはいけないもの」と書いている。これはまさにわれわれにとっての「死」ではないか。本書のビジュアルを見つめ、目を閉じると、絵が見えなくなったというより世界が消滅したような気持ちになった。

実は私はムンクが苦手だ。おそろしいのである。お題選書に飽きて手に取ったのも、あら素敵、ではなく「こわいものみたさ」。その底にあったものも、これでわかった。ムンクの絵の人たちって、全員死んでるんだ。『叫び』の男なんて、死体でしょー。

マハさんのムンク初体験作品だという表紙の『マドンナ』も、生気をもっていかれている。きっとタイトルの『愛のぬけがら』とは、描かれている人々が魂のぬけがらになっているのを差しているのだ。たいていの人が、表情というより顔が無いような塗りつぶされ方をしているのも気になる。

ゾンビではないの。人としてのかたちを保ち、動き廻りながら、顔と魂を失ったムンクの人々は、うつろな心をさらしている。「愛さえ吹き込んでくれたら、私は自分を取り戻すのに」――そんな声が、聞こえてくるよう。原題が『LIKE A GHOST I LEAVE YOU 』であることが、すごくうなずけた。

本書をお題「〆切」に加えたあと、メディアから連絡が来た。「マスク着用時に知り合って恋仲になりそうな相手の前で、怖くてマスクがはずせない、というような小説はありませんか」 むむむむむ、むむむむむ、むむむむむむ。
 
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代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室  道 子
 
【プロフィール】
雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『婦人画報』、電子雑誌「旅色 TABIIRO」、朝日新聞デジタル「ほんやのほん」などに連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『タイニーストーリーズ』(山田詠美/文春文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫)などがある。

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