【第184回】間室道子の本棚 『月曜日は水玉の犬』恩田陸/筑摩書房

「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
 
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『月曜日は水玉の犬』
恩田陸/筑摩書房
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先日相対性理論の本を読んでいて(私だってたまには。必要にかられて!)面白いなあと思ったのは、「この論はものすごいオリジナルのように思われてるけど、アインシュタインが一人で作り上げた、まったく誰にも思いつかないものだったのではない」というところ。世界の研究者たちはあれにうすうす気づいていた。でなければ発表と同時にあちこちで理解され、感動を呼び、受け入れられたはずはない、と言うのである。

というわけで恩田陸さんのエンタメ批評エッセイは、私にとって相対性理論なのである!

以前もどこかで述べたことだが、随筆、試論のたぐいは考えをストレートに書いていくので「これはキマったな」というところに書き手の「どや顔」が見えがち。でも恩田さんはキレッキレを平易に言う。たとえば「シャーロック・ホームズやアガサ・クリスティーの作品が繰り返し換骨奪胎して映像化されるのに、エラリー・クイーンの作品がそうならないのはどうしてか」という文章のあとに「クイーンは「ジグソー・パズル」、ホームズは「クロスワード・パズル」、クリスティーは「なぞなぞ」だから」とさらっと書いてある。どストライク。なのに斬新。

「クィーンて何?」「クリスティーって誰」の人には響かないであろう。それは時空の歪みを考えたことのない人にとって相対性理論がちんぷんかんぷんなのと同じ。恩田さんもアインシュタインも(?)そこは責めない。文章がフラットなのはそのため。「わかる人にはわかるでしょ」という突き放しやサロン化ともちがう。見事な分析を「みなさんおなじみの」ぐらいのトーンで書く。あまりにフラットなので「自分が三大ミステリー作家の作品の核心を突いたことに気づいてないの?恩田さんて、天然?!」と叫びたくなるほどだ!

スティーヴン・キング作品の映像化の難しさと、2017年日本公開の『IT』の素晴らしさの肝、デンマーク・ミステリー『特捜部Q キジ殺し』の解説文で述べられている「シリーズものを楽しみにさせる登場人物たちをずばり一言でいうと」、クリスティーの『葬儀を終えて』と『鏡は横にひびされて』の違いと共通点など、ああ、書いてしまいたい!恩田さんのすごさを言いたい!でもネタバレになるからだめ!というせめぎ合いに悶絶してしまうが、あと一つだけ。「鳩も飛ぶ」。

あるエンターテインメントのカテゴリーについての「あるある」の最後がこれ。そう、たしかに、鳩も飛ぶ飛ぶ!

比較的短文が多いがどれも濃厚な読みごたえで、「十ページはあると思った章なのに見開きで終わってたんだ」「三十ページぐらいの印象だったのに五ページかあ」など、あとで驚く。紹介作の重力や次元のすごさをどこまで面白がれるかはこちらの「うすうす」や蓄積にかかっているので、本に自分が読まれている気持ちにもなる。義務ではなくお楽しみとして、読後もっと読書がしたくなる一冊。
 
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代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室  道 子
 
【プロフィール】
雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『婦人画報』、電子雑誌「旅色 TABIIRO」、朝日新聞デジタル「ほんやのほん」などに連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『タイニーストーリーズ』(山田詠美/文春文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫)などがある。

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