【第191回】間室道子の本棚 『マイクロスパイ・アンサンブル』伊坂幸太郎/幻冬舎
「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
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『マイクロスパイ・アンサンブル』
伊坂幸太郎/幻冬舎
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物語の屋台骨がすごい。意表をついた設定である。まずは父親や同年代の男子たちから日常的に暴力を振るわれていた少年のお話。彼はとつぜんあらわれたスパイに救われ、自らも諜報員の世界に飛び込み一人前になっていく。一方では、ようやく内定をもらえたあたりでとつじょ彼女にふられた松嶋君のその後が進行。さて彼らはどこでどう交わる?!
「失恋」に始まり、松嶋君の人生は「失」や「不」の連続だ。すなわち、元カノさんが積もらせていた「不満」「不安」。彼の「不器用さ」。飲み会に遅れてやってきた初対面の女性にしてしまった「失言」「失礼」。章が進むと「不倫」も出てくるよ!
一方の少年は「ない」の連続だ。行き場所がないし、逃げる手段だったものにエンジンがない(ひどい!)。「理不尽」「無抵抗」などの「不」や「無」もある。
おお、われわれの人生はなんと喪失、不利、なすすべの無さに満ちていることか。松嶋君、少年、およびゼツボーに打ちひしがれた読み手を救うのが、ネガティブではくマジカルな「不」。すなわち「不思議」なのである!
要所に伊坂さんらしいトボけたユーモアがあり、はらはらしながらも伊坂温泉にゆったり浸かるかんじ。伊坂作品といえばダジャレが有名だけど(今までの例ですと「資産家、シサンカ、シサンジュウニ」とか「西嶋のバイト先はライジングビル、デ・ニーロの映画はレイジングブル」など!)、よそでは応用できない(まあ、シサンジュウニをどこで使うんだっつー話もありますが)、物語にひたって初めてわかる面白さが私は好きだ。「ギャグを連発する男子」と「話していて面白い男の子」は違う。『マイクロスパイ・アンサンブル』での私のお気に入りは「うちの猪苗代湖が何か」と「宮殿で、小児科」だ!
あと、伊坂作品を読むと、私は必ずなにかを教わる。訓話とかセッキョーではなく、角度を変えた世の中の見方を具体的なシーンで味わうのだ。今回は「強くなること」。
スパイの過酷な訓練を経て、少年は格闘技どころか殺人術まで取得した。で、「いじめ」はするけど暴力のプロではない男子たちは、再会した彼のたたずまいの変化なんか気づかない。少年よ、あいつらをボコボコにしちゃえ!である!!
でも伊坂さんはそういう逆転は描かない。彼が書くのは、ある事態になっていじめのリーダーはじめ野郎っ子全員が怯え、涙を流す中、少年だけが泣かない、というシーンだ。これは、強い!
「プライド」の場面も好きだ。自分を過酷な日常から逃がしてくれた恩人スパイと、面子とか立つ瀬がないとか沽券にかかわるとか言う奴のしょうもなさについて語りあった後日、少年が「僕は立派になったのだ」と思うシーンがある。
「俺のプライドがあ」という奴と、「私は立派」という思いは違う。前者の目線は他者にあり、僕傷ついちゃったよ、どうしてくれんの、と泣き言を言ってるのと変わりない。誰かがすっくと立つとき、その人が見ているのはかつて力のなかった、そして今はこれだけのことができる自分。目頭が熱くなっちゃう。
「失」「不」「無」を紹介してきましたが、注目すべき頭につく言葉がもう一つ。それは「ナノ」。本書をもう読んだみなさんは爆笑でありましょう。ナノテクノロジーなの。
「失恋」に始まり、松嶋君の人生は「失」や「不」の連続だ。すなわち、元カノさんが積もらせていた「不満」「不安」。彼の「不器用さ」。飲み会に遅れてやってきた初対面の女性にしてしまった「失言」「失礼」。章が進むと「不倫」も出てくるよ!
一方の少年は「ない」の連続だ。行き場所がないし、逃げる手段だったものにエンジンがない(ひどい!)。「理不尽」「無抵抗」などの「不」や「無」もある。
おお、われわれの人生はなんと喪失、不利、なすすべの無さに満ちていることか。松嶋君、少年、およびゼツボーに打ちひしがれた読み手を救うのが、ネガティブではくマジカルな「不」。すなわち「不思議」なのである!
要所に伊坂さんらしいトボけたユーモアがあり、はらはらしながらも伊坂温泉にゆったり浸かるかんじ。伊坂作品といえばダジャレが有名だけど(今までの例ですと「資産家、シサンカ、シサンジュウニ」とか「西嶋のバイト先はライジングビル、デ・ニーロの映画はレイジングブル」など!)、よそでは応用できない(まあ、シサンジュウニをどこで使うんだっつー話もありますが)、物語にひたって初めてわかる面白さが私は好きだ。「ギャグを連発する男子」と「話していて面白い男の子」は違う。『マイクロスパイ・アンサンブル』での私のお気に入りは「うちの猪苗代湖が何か」と「宮殿で、小児科」だ!
あと、伊坂作品を読むと、私は必ずなにかを教わる。訓話とかセッキョーではなく、角度を変えた世の中の見方を具体的なシーンで味わうのだ。今回は「強くなること」。
スパイの過酷な訓練を経て、少年は格闘技どころか殺人術まで取得した。で、「いじめ」はするけど暴力のプロではない男子たちは、再会した彼のたたずまいの変化なんか気づかない。少年よ、あいつらをボコボコにしちゃえ!である!!
でも伊坂さんはそういう逆転は描かない。彼が書くのは、ある事態になっていじめのリーダーはじめ野郎っ子全員が怯え、涙を流す中、少年だけが泣かない、というシーンだ。これは、強い!
「プライド」の場面も好きだ。自分を過酷な日常から逃がしてくれた恩人スパイと、面子とか立つ瀬がないとか沽券にかかわるとか言う奴のしょうもなさについて語りあった後日、少年が「僕は立派になったのだ」と思うシーンがある。
「俺のプライドがあ」という奴と、「私は立派」という思いは違う。前者の目線は他者にあり、僕傷ついちゃったよ、どうしてくれんの、と泣き言を言ってるのと変わりない。誰かがすっくと立つとき、その人が見ているのはかつて力のなかった、そして今はこれだけのことができる自分。目頭が熱くなっちゃう。
「失」「不」「無」を紹介してきましたが、注目すべき頭につく言葉がもう一つ。それは「ナノ」。本書をもう読んだみなさんは爆笑でありましょう。ナノテクノロジーなの。
代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室 道 子
【プロフィール】
雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『婦人画報』、電子雑誌「旅色 TABIIRO」、朝日新聞デジタル「ほんやのほん」などに連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『タイニーストーリーズ』(山田詠美/文春文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫)などがある。