【第202回】間室道子の本棚 『嘘つきジェンガ』辻村深月/文藝春秋

「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
 
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『嘘つきジェンガ』
辻村深月/文藝春秋
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詐欺をテーマにした三つの小説集。恋愛、受験、有名人の会員制サロンが舞台となる。

現実のテレビやネットの被害報道を見るたび、変だって気づかないのかな、と思っていた。でも本書を読んでハッとした。「犯罪に気をつけましょう」と「私には言ってほしい言葉がある」は、違うのだ。前者は頭を使う。後者は心が欲する。

私の考えでは、われわれが言葉を求めるのは存在を認めてほしいからだ。

たとえば、妻があらたまった話をしようとすると半笑いになる夫。娘が渾身で愛しているものを「そういうの」とくくってうっすらバカにしている気配の親。おぼつかない日常の中、誰かが「あなたを選んだ」とか、「あなたのおかげで」と言ってくれたら――。

圧巻は三話目。紡は新調したワンピースに身を包み、ファンの前に立つ。今日は「谷嵜レオ創作オンラインサロン オフ会」の日だ。

谷嵜レオ。『満月ハイランド』でデビューし、『紺碧万華鏡』のアニメ化で大ブレイクした漫画原作者。顔出し一切なし。経歴も年齢も性別も非公表。ミステリアスな才能の塊。

「紹介制」が敷かれたクローズドな会員制のオンラインサロンも、この少人数のオフ会のことも、編集部は知らない。「ばれたら二度と開けなくなる」というお願いをみんなきちんと守ってくれている。進行を無視して自分の聞きたいことをぶつけてくる新規のファンにも、こんな会に来ていながら他者を拒絶する雰囲気を出している首元だるだるのTシャツ男にも、紡は応えてやる。だって自分は谷嵜レオだから。

前半の創作講座では何人かの作品にアドバイスをし、そのあとの歓談タイムでは参加者全員と向き合い、質問には作品の魂をつかみとって答える。この名に恥をかかせるわけにはいかない。イメージに泥を塗るわけにはいかない。私は谷嵜レオだ。だがある人物のために彼女の世界は・・・。

一話目ではFacebookで知り合った三十五歳の女性に心を開いていく男子大学生が、第二話では受験生の親としての不安にさいなまれながらも必死で我が子に寄り添う母親がでてくる。通常の詐欺ミステリーでは「犯人は悪い、被害者は甘い」の立ち位置で描かれるが、本書の読み味では、騙すと騙されるの境目がない。主人公たちはどっちの側であろうが、驚くほど似ている。

どのお話も、人生の中のもっとも歪んだ場所で、登場人物たちは最高に純粋だ。この辻村マジックに、泣ける。
 
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代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室  道 子
 
【プロフィール】
雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『婦人画報』、朝日新聞デジタル「ほんやのほん」などに連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『蒼ざめた馬』(アガサ・クリスティー/ハヤカワクリスティー文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫)などがある。

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