【第220回】間室道子の本棚 『短歌のガチャポン』穂村弘/小学館

「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
 
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『短歌のガチャポン』
穂村弘/小学館
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歌人・穂村弘さんが古今東西の短歌を100首を選び、エッセイを付けた本

実は、私は短歌が少しこわい。私の考えでは、俳句は日常を切り取るもの、短歌、とくに現代短歌は、詠み人が自分の輪郭の外に手を伸ばし、未知を仕留めてくるもののような気がするのである。

俳句は、たとえ自由律であっても小箱の中に言葉を納める感じ。だからこその宇宙感もある。茶室に似ている。

一方短歌は入道雲やカルメラ焼のようにふくれあがる。「かっちり設計どおりにいきました」にならない。もちろん緻密な計算やそぎ落としがあるのだろう。でも、砂糖を入れ火をつけた私はこうだったんだ、と詠み手も少し離れたところから完成形を見ているよう。短歌ははかり知れない荒野。本書にも、これってどういうこと?を考えるとへんな気持ちになるものがいくつかある。

「はなこさんがみかんを三つ買いましたおつりはぜんぶ砂にうめます」東直子

穂村さんは「じわっと愉快な気持ちになる」「突き抜けた自由さ」と書いているけど、砂場あるいは海辺のはなこさんの表情を考えると、笑っていても怒っていても無表情でもこわい。犬や熊は大事なものを地面に埋めるので、後半は、お金はたいせつ、ということを人間じゃなくなったはなこさんがおこなっているのかもしれない。でもそれってこわい。

「豪雨なら仕方ないよねあのひとの子どもと海に行ったとしても」藤本玲未

「危ういものを感じる」「この心理が怖ろしいことはわかる」と穂村さんも書いているが、事件性のある歌である。

同じ人のもので
「あのひとの嫁とレジ列並びつつどうせならその肉になりたい」

穂村さんは「自爆テロめいた感受性の炸裂」と書いているが、「妻」でなく「嫁」、そして「肉になりたい」という言葉のチョイスにただならない迫力がある。

一方、
「水無月の崎のみなとの午前九時赤き切手を買ふよ旅人」若山牧水

こういう情景がはっきりしている歌には穂村さんの解説に一撃がある。「旅をしない切手は切手ではない」という一文に、ハッとした。このまなざしは、全国に歌碑が三百以上あるというこの歌人の人生とかさなり、「旅をしない牧水は牧水ではない」という声が響いてくる。

「ラジオ体操の帰りにけんかしてけんかし終えてまだ8時半」 伊舎堂仁

“けんかして、仲直りして、でも今日という日はまだたっぷりあるし、夏休みだって長い。気が遠くなるような時間に包まれて、子どもたちはガリガリ君を大事に嘗めたりしているのだろう”という考察ののち、穂村さんは大人になった自分の「8時半」を語りだし、このエッセイは胸をつかまれる言葉で締められている。

「(7×7+4÷2)÷3=17」杉田抱僕

穂村さんが担当している歌の応募欄におくられて来たもので、昔の野球の名実況アナウンスに、打ちも打ったり、取りも取ったり、というのがあったが、詠むも詠んだり、選ぶも選んだり、である。声に出すと、「かっこなな/かけるななたす/よんわるに/かっことじわる/さんはじゅうなな」。選者と投稿者の攻防がうかがえる。この人が次に投稿してきたときの穂村さんの緊張と、どういう歌だったかもすごい。

歌を詠む、選ぶ、紹介するって真剣勝負だ!と全身にしみ入る一冊。
 
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代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室  道 子
 
【プロフィール】
雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『婦人画報』、朝日新聞デジタル「ほんやのほん」などに連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『蒼ざめた馬』(アガサ・クリスティー/ハヤカワクリスティー文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫)などがある。

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