【第222回】間室道子の本棚 『青木きららのちょっとした冒険』藤野可織/講談社

「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
 
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『青木きららのちょっとした冒険』
藤野可織/講談社
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本書のキイワードは「愛を人質にとられる」だと思う。

以前にもこの欄で書いたけど、誰かの話を聞いていて、ニュースを見ていて、「ん?」となり、なにか変だと思うがよくわからない、そういうとき、私はその話題の男と女を入れ替えてみる。今ずっと考えているのは、男性陣が言う「子育てに参加する」だ。本人は愛情とやる気に満ち、いいこと言ってる雰囲気だ。でももし産院から帰ってきた彼の妻が「私も子育てに参加しています」と言ったら、たぶん誰もがおいおいとなるだろう。

<参加じゃなくてお母さんは主体でしょ、なんたって「主な体」と書くんだから産んだほうがメインでしょ、そのほうが赤ちゃんだって安心だしお父さんがお母さんと同じくできるわけがないetc> この「予想される声」が、男性ばかりでなく女性側からも起きそうなのがポイント。

『青木きららのちょっとした冒険』はすべての作品に「青木きらら」が登場する9編で、一度聞いたら覚えそうな珍しさ、キラキラ感があるのに、彼女たちからは名前が奪われる。そして何になるかというと、「少女」「女」「母」「妻」。もっというと、そういう「身分」「役割」「機能」「ファンタジー」「モノ」に彼女たちはなり、徹底的に消費される。

「花束」では河原で殺害された少女の死がイベント化する。もりあがっているのが同じ年ごろの女の子やおばさんであるのが読みどころ。「スカート・デンタータ」は満員電車の痴漢たちが文字通りスカートに「歯向かわれる」話で、今まで朝揉み放題だった新鮮な肉を包んでいた布の反乱に男たちは驚き、激怒するが次々返り討ちに遭う。

いちばん考えさせられたのは、冒頭に紹介したキイワードがでてくる「愛情」だ。妻という役割、母という機能から脱しようとした女たちの困難が描かれていて、読みながら現実で聞いたさまざまを思い出した。たとえば同窓会に行くことは二カ月も前から教えていたのに当日朝旦那が不機嫌で「俺の飯はどうなる」とゴネた話や、きちんと話していた産休後の職場復帰を今になって夫と自分双方の実家にとがめられてる悩み。

<どうして家にいないの?家族が大切じゃないの?子供がかわいくないの?愛してないの?>と詰め寄られている本の中の、外の、「青木きらら」たち。自分の仕事や時間や権利が「誰かに使われるべき愛の量」に換算されてしまう、この国の女たち。

社会制度や家庭内のすべての不都合を一身に背負ってきた彼女たちの、ひそやかなるフェイドアウト。その時のちょっとした満足、絶望、解放と冒険。そんな読み味。ぞくぞくします。

PS・・・「家族サービス」「イクメン」は死語になった。「男も子育てに参加する」もそのうち「参加」も「男」も取れ、シンプルな「子育てする」になると思うけど、どうかな!?
 
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代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室  道 子
 
【プロフィール】
雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『婦人画報』、朝日新聞デジタル「ほんやのほん」などに連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『蒼ざめた馬』(アガサ・クリスティー/ハヤカワクリスティー文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫)などがある。

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