【第227回】間室道子の本棚 『カケラ』湊かなえ/集英社文庫

「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
 
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『カケラ』
湊かなえ/集英社文庫
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ある田舎町で自殺した少女についての異様な噂話から物語は始まる。この死をめぐり、美容外科医・橘久乃がいろんな人の話を聞いていく。クリニックでの会話もあれば、彼女自ら出向いての聞き取りもある。才色兼備で都会育ちと思われがちな彼女は、死んだ少女と同じ町の出身だった。

40歳を過ぎて中年太りに悩まされている女、売れないアイドル、久乃の元BF、その息子、中学と高校の担任、少女の母のかつての親友、そして当の母親。久乃と彼ら、彼らと少女、彼ら同士の関係は、複雑に入り組んでいる。

ふつうこの手の、みんなが一つのできごとについて証言していく筋立てのものは、事件のカケラがどんどん集まり、最後に全貌が見えるものだ。しかし本書は、人々が語れば語るほど、わからなくなっていく。なぜなら事件や少女の人柄以上に、彼らの口からほとばしり出るのは、言葉から透けて見えるのは、自分の過去の怒り、未練、恨み、現在の不満、後悔、あきらめ、そしてあの自殺について、”少しでもこちらに原因があったら”という怖れだからだ。久乃自身がどういう人だったかも、いろいろと見えてくる。

注目すべきは、少女の死について、「悪人」が出てこないことだ。それぞれ一人よがりだったり行動が裏目に出たりはあるけど、ほくそえんであの子の不幸を願った悪意の持ち主はいない。思い切った読み方をお許しいただきたいが、私は一番エキセントリックな登場人物であろう高校の担任・柴山登紀子についても「彼女さえいなければ」とは思わない。

だって、受け持ちの女子生徒の入学時80キロちょいだった体重が、夏休み明けから増加の一途をたどり、たちまち100キロを越えたのである。目の輝きもなくなった。先生は過去に同じような急激な太り方をしたことがあり、その時の経験から、意を決して家庭訪問に行く。すると少女の母が出てきて、意外なことを言い放った。

じゃあ大丈夫ですね、おまかせします、にはならないだろう。私が先生でも、事態はむしろ異常さを増したと判断する。だって母親の言うことが本当なら、彼女はあることの「プロ」なのだ。なのに娘に乞われたからといって、毎日、あんな――。

みんなが亡き少女に何を見ていたかも読みどころ。運動会のヒロイン、立場を超えた尊敬とあこがれの存在、容姿をだいなしにされた子。柴山先生にとっては「周囲に耳を貸さなかった若き日の愚かな自分」だ。だから、助けたいと思った。大騒ぎを私は笑えないし、「よけいなお世話」で片づけることもできない。

もちろん、先生の章を鵜呑みにはできない。でもそれを言うなら「この人にはごまかしやバカげた行動は一切ない」という登場人物はいない。なぜなら、本書は湊かなえ先生お得意の、「信用できない語り手たちの物語」だから。そして「信用できなさ」には、死んだあの子身も含まれる。

彼女の証言は、録音テープから流れてくる。柴山先生への罵詈雑言、父親を「あいつ」と呼んでの嫌悪丸出しなどティーンエイジャーらしい威勢のよさの一方、言いよどみや用心深さもある。軽口めいた「あたしを利用したんじゃないかな」の裏に、私は彼女の痛みを見た。

また、ひやりとしたのは、「あたしは、幸せに、幸せに、太っていったの。あたしの贅肉はお母さんや周りの優しい人たちからの愛のかたまりなんだよ」という発言だ。そこにあったのは自信たっぷりの笑顔か、それとも自分に言い聞かせるような必死さか。いずれにしろ、「愛」は容易にすり替わり得るのだ。「うしろめたさ」や「あったかもしれない思惑」に。

テープには、「あたしにはもう食べることでしかまっすぐ立っていられなくなって」という声も残されている。たしかにこの時、彼女はあることができなくなった。でも17 歳の女の子である。ほかにもっと、いろんな、「まっすぐ立つ道」が探れたはずだ。彼女を「食べる」一択に向かわせたものは――。

いろんな読み方ができる、これぞミステリー!
 
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代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室  道 子
 
【プロフィール】
雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『婦人画報』、朝日新聞デジタル「ほんやのほん」などに連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『蒼ざめた馬』(アガサ・クリスティー/ハヤカワクリスティー文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫)などがある。

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