【第228回】間室道子の本棚 『鈍色幻視行』恩田陸/集英社

「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
 
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『鈍色幻視行』
恩田陸/集英社
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皆様こんにちは。「間室道子の本棚」、六月は木曜日が五回ありまして、第一、第二、第三は確実。第四木曜はお休みし、第五週は30(金)の更新になります。では、今月の一本目です!

舞台は海の上。横浜から神戸に立ち寄り、そのあと外海に出てアジアを周遊する豪華客船に、ある一団がいる。

映画監督、女優、プロデューサー、同伴者、映画評論家、編集者、漫画家、弁護士、女性作家。彼らの何組かはカップル、親戚、血縁者である。全員をつなげているのは『夜果つるところ』。

世間的には忘れられた小説だが熱狂的ファンがついており、一部では「呪い」で知られている。映像化しようとすると災いが起きるからだ、人が亡くなるほどの。

知られているだけでも三度の頓挫。積み重なる死者たちの中には、一団のメンバーにかかわりの深い人物もいる。

そして、本の著者も消えている。生前から謎が多かった人物だが行方不明になり、今では死亡扱いだ。

いわくつきの小説と映画について、これほどの関係者が集まる機会はない。女性作家はインタビューを試みるが、気づいてもいる。「なにしろ、ここにいるのは嘘をつくプロばかりなのだ」。

そう、誰もが「虚構」に携わっている。弁護士だって、嘘を見抜く=その逆もできる証明だし、不利な状況では口をつぐむスペシャリストだ。

なごやかな歓談中に、あの作品をなんとかわが手で、と欲望をぎらつかせる人物がいる。言葉の端々に嫉妬をにじませる女もいる。スキャンダラスなうわさ、船にひそかに持ち込まれたもの、意外なカードとなる人物の登場――。

お楽しみは、呪われた本と映画についてのみんなのおしゃべりだ。招集された座談会で、ウエルカム・パーティで、個別のインタビューで、誰もがよくしゃべる。私の考えでは、「虚構」を商売にしている人はおおむねサービス精神旺盛だし、あの『夜果つるところ』について、自分だけが知っていることがある、こういう見解を持っている、と披露できるのは快感なのだろう。「あたしだったら、スタッフとして潜りこむ」「凶器がなかったからですよ」などの探偵小説的切り込みや、怪奇現象の目撃談(!)といったホラーテイストが読みどころ。

そして本書の最大の魅力は、知らない人には「それのどこがこわいの?」となる一言に、読者がぞっとするところだと思う。

「一人多いんだ、って」「あんたの周りに、帽子をかぶった女がいない?」「奇妙なおもちゃ」「これね、あの女が撮ったの」「鏡の中」、そして、ある名前。

未読の人にはポッカーンだろうが、本書を手にした誰もが総毛だったはず。

大昔、夜中にアメリカのミステリードラマをやっていた。うろ覚えなのだが、有名映画監督の名前がついた毎回30分の番組だったと思う。この巨匠はシャワー室でのメッタ刺しとか鳥が人間に襲いかかるとかが代表作だけど、私の考えでは、彼の本領発揮はごくふつうのものを怖くするところにある。たとえば、「午前中、白いカーテンが風で大きく膨らんでいる」――今でもトリハダ。あの回を見た全員がふるえあがったと思う。

よくある「意味がわかると怖い」ではない。意味なんかない。カーテンはカーテンだ。スリラーの達人は、気配、予兆といったエピソードをじわじわ積み重ね、30分かけてただのカーテンを恐怖のシンボルにする。恩田陸さんは、小説でそれをやる。

それのためには、受け取り手が「ひたる」ことが必要だ。

今は「サクっと読める」とか「早送りで観る」がハヤリ。でもそれだと「なんでもないものがとてつもなく怖くなる」は得られない。虚構の時と場所に自分をあずける。それが映画だ。ドラマだ。読書だ。

『鈍色幻視行』が、あえて時間をかけるのが目的と醍醐味である船旅の話、というのがすごくうなずける、なんとも贅沢なミステリ・ロマンの大傑作。
 
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代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室  道 子
 
【プロフィール】
雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『婦人画報』、朝日新聞デジタル「ほんやのほん」などに連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『蒼ざめた馬』(アガサ・クリスティー/ハヤカワクリスティー文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫)などがある。

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