【第248回】間室道子の本棚 『777 トリプルセブン』伊坂幸太郎/KADOKAWA

「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
 
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『777 トリプルセブン』
伊坂幸太郎/KADOKAWA
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みなさま、既刊『マリアビートル』を覚えてらっしゃいますか?「東京駅から東北新幹線に乗り車内に置いてある荷物を持って次の上野で降りる」。こんな仕事なのに、列車から降りられなくなった不運な殺し屋「天道虫」のお話を。

なにせ新幹線内にはさまざまなタイプの同業者が乗り込んでいたのである。そのうえいけすかない中学生とかいろんな意味でしみじみするカップルとかもご乗車。バトルにつぐバトル、だまし合いにつぐだまし合い、制圧につぐ制圧。

閑話休題、本書で天道虫に課せられたのは「高級ホテルに行き指定の部屋に荷物を届けて退出」。みなさま、もう予想はつきましたね。彼は建物から出られなくなるのである。今回も館内には物騒な人々がどっちゃりだ。

『マリアビートル』が東北新幹線のお話で、一号車から二号車、三号車、また始発から終点までという横の移動だったのに対し、『777 トリプルセブン』は二十階建のホテルが舞台。逃げたり追ったりは階段やエレベーターを使っての縦の移動となる。

列車なら、「数分前に大きなキューピー人形を抱いた白いドレスの女がこの車両を通りませんでしたか?」と乗客に聞くことができる(注:『マリアビートル』にそういうシーンはありません)。また、上野を出たあと目撃されればそいつは次の大宮まで絶対車内にいる。非常時には先頭車両から最後尾まで駆け抜けることが可能。

だがエレベーターでは「今から十分くらい前、たい焼きの入れ墨のある男が乗っていませんでしたか」と昇降客に聞くのは馬鹿げている(注:『777』にこんなシーンはありません)。世界一出入りがはげしい乗り物。それがエレベーター。

また作中で解説されているが、最新式のものはホールに「この機は何階で止まった」の表示が出なくなっている。相手が下りたフロアがわからない。たとえ「五階」とわかったとて、どの部屋に入ったか知るのは困難。知ったところでドアには電子ロックとかドア・アームとかチェーンがある。さらにどんな緊急事態でも、一階から二十階まで階段を駆け上がる、駆け下りるは一般市民にも殺し屋にも難儀だろう。

こんな「縦の苦労」の予想について、読者が肩入れしたくなる面々(そう、「ホテルから無事に出る」は天道虫だけの問題ではなくなっている!)および、敵がどうしていくかが読みどころ。

天道虫のこれまでの不運については幼少期の誤認誘拐といった大から、「白いジーンズを買った日」「神社に行ったら」「ただ足を踏み出しただけなのに」の小まで、P234に列挙されている。で、ここがいいところなんだけど、彼は不幸の上にあぐらはかかない。

幸運の上にあぐらをかく者はいる。本書で「スイスイ人」と呼ばれる人たちだ。容姿も家も育ちもその後の人生にもめぐまれ続け、そのことにそっと感謝などしない。結果、鼻持ちならない人間になる。これが六人で集団を組み、殺し屋業界でノシているのだ。うわあ、サイアク。

閑話休題、天道虫は自分の不幸を世界の中心で叫びたいのだ。だからがんばりぬく。手や気を抜いて見舞われた災難は自身が招いたことになる。それは嫌。思いっきり「俺は運が悪いんだ!」となげくために努力をおこたらぬ男。応援したくなるじゃありませんか!

伊坂幸太郎さんの殺し屋シリーズは、だから一級のお仕事小説でもある。毎日楽勝なんてナメてはいけない。ゆるみきった各種店員さんも油断しまくりの公務員の皆さんもNGだけど「思いあがった殺し屋」。ダメ、ゼッタイ!なぜなら、そういう奴は死ぬから。

ふたたび閑話休題、アンダーな業界における天道虫の評判は彼の思いと逆。なにせ東北新幹線の一件がある。そして長いつきあいのうち、たとえば「天道虫が床に倒れたら、そこには」が見通せる者もでてくる。読者は最後に「不幸、サイコー!」と叫びたくなるだろう。

オフビート感覚いっぱいの、スリリングな快作。
 
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代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室  道 子
 
【プロフィール】
雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『婦人画報』、朝日新聞デジタル「ほんやのほん」などに連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『蒼ざめた馬』(アガサ・クリスティー/ハヤカワクリスティー文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫)などがある。

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