【第254回】間室道子の本棚 『君が手にするはずだった黄金について』小川哲/新潮社

「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
 
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『君が手にするはずだった黄金について』
小川哲/新潮社
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『君のクイズ』では、よくもまあこんなことを思いついたものだ、とのけぞるほどの謎を冒頭にぶちかまし、その後主人公の今までをまじえつつ「クイズ」の世界そのものに迫った。直木賞受賞作『地図と拳』では、大昔から人間が成し遂げたがったことの一つに「自分の手で国をつくる」がある、そのために人は戦争をする、でもそうやってできた国家って、近代現代はとくに、うまくいかないよね、に切り込んだ。そんな小川さんって、こんな作品も書くんだあ、とビックリした一冊。

著者自身らしき「僕」が体験していく六つのお話で、おすすめは、へんな人がでてくる表題作「君が手にするはずだった黄金について」と五話目の「偽物」。

表題作にでてくる片桐は「僕」の高校時代の同級生で、自己評価が異様に高く、口だけが達者で、それでいて結果は出さない奴だった。その彼が十数年の時を経て「八十億を動かす」とか「六本木のタワマン」とか「有名人とツーショット」とか、派手なことになっているらしい。だが――。

「偽物」に登場するのはポータルサイトで漫画の連載をしている青年ババリュージ。初対面の時の控えめで謙虚な様子に「僕」は好印象を持つ。のちに彼のTwitterを見ると、「代表作は累計百万部突破」「フォロワー数は十一万人」とあり、予想以上に有名な人物だったらしい。だがババは熱狂的ファンが多いと同時に激しく嫌われてもいた。そしてある「にせもの」をめぐり、騒ぎが・・・。

昔の「悪い人」って権力とか金とか女とか具体的に手にしたいものがあり、それに己をたぎらせていた。でも片桐やババに「僕」や読者が思うのは、「なんでそんなことを?」なのだ。

自己顕示欲、承認欲求という言葉も頭に浮かぶんだけど、なんか、整形手術でいい男をめざすのではなくのっぺらぼうになったかんじ。そもそも彼らには「自己」がないし、なにを「承認」されたかったのかがぼやけてる。

一方世の中はいまや「正しさ」全開で、片桐もババも叩かれまくる。でも正義って、悪と戦うには向いているけど「VS.へんな人」。これはやりにくい。追い詰められてるわりに二人には、うまくいかなかった怒りやくやしさや恥がない。このふわっとしたきもちわるさが読みどころ。

最大のポイントは、事が起きた時に片桐もババリュージも財務や法律の専門家ではなく「僕」に会いたがったこと。そして「僕」はぐーっともぐりこむことになる。小説家である己と彼らの奥の奥に。

片桐やババってレアではなく、こういう人って、増殖中、とつぶやきたくなる読後感がエグい。おすすめ。
 
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代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室  道 子
 
【プロフィール】
雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『婦人画報』、朝日新聞デジタル「ほんやのほん」などに連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『蒼ざめた馬』(アガサ・クリスティー/ハヤカワクリスティー文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫)などがある。

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