【第266回】間室道子の本棚 『spring』恩田陸/筑摩書房
「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
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『spring』
恩田陸/筑摩書房
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圧巻のバレエ小説。主人公の名前は春。うつくしい少年で、中性的、もっといえば両性具有的。イメージとしては奈良の菩薩半跏思惟像。彼は舞踏家、そして振付師として才能を見せつけていく。
読みどころは恩田作品における天才のありかただ。『チョコレートコスモス』では演劇界を、『蜜蜂と遠雷』ではピアノコンクールを舞台に、一種異様な才能を持つ少年少女を書いてきた恩田さんだが、共通するのは彼らが皆を畏れおののかせること。
本作でも幼い春が、ある画家の未完の馬の絵の「描かれていない残りの部分の動き」をしてみせる場面がある。この時春の叔父さんは「ゾッとした」。またある少女が「花のワルツ」を数人の少年と踊った際、春が相手の時だけ花の香りがした、と言うシーンもでてくる。彼女は「恐怖すら覚えた」。
人智を超えた存在は、拍手で迎えられる前に「今のなに?」と周囲を震撼させるのだ。このスリル。
私が最もシビれたのは、全幕オリジナルの『アサシン』を創り上げていく場面だ。暗殺者がテーマのこの作品で、振付師である春は女性陣の「天国」のシーンに「エロくなーい」を連発。トップを踊るヴァネッサは度重なるダメ出しにキレ、手本を見せてと叫ぶ。
春は、踊る。
恩田さんはこの時彼が出現させたものをカタカナ四文字であらわしている。通常のホメ言葉ではない言いようだが、そりゃそうだ、キャバ嬢がオトコたらし込んでフルーツ盛りとシャンパン入れてもらうのとはわけが違うんである。暗殺教団にスカウトされた青年たちが、それを目にしたら人を殺すことになんのためらいも無くなる舞踏。女、いや、人間を超えた、えたいのしれない官能。
そのあと春は、「地獄」を踊る男性陣のトップのハッサンに「コワくなーい」と言い放ち、そして――。
バレエは総合芸術と言われるが、それを文学に昇華した本作もまたエンタメの塊だ。演目を描くにはまずテーマを決めねばならない。そしてストーリーや動きの道筋が必要。そこに楽曲をつけ、すべてを合体させて「踊り」を文章で読ませる。本書で創作されたバレエは『冬の木』『メルヒェン』『KA・NON』『ヤヌス』etc。ムソルグスキーのクラシック曲『展覧会の絵』のバレエ化や、あまりにも有名な、ラベルの曲にモーリス・ベジャールが振付けた『ボレロ』の”春ヴァージョン”もでてくる。これらはほんの一部なのである!
恩田陸さんが今まで見た、聞いた、読んだ、絵や映画、音楽、物語、舞台が惜しげもなく詰め込まれた一冊だがモザイク的でなく、全体を覆うバレエという世界へのまなざしも素晴らしい。「いつもバレエの間口を広げて進化させてきたのはエトランゼ(異邦人)たちだった」という文章がでてくる。そう、春は、言うなれば淵に立つ者だ。『DOUBT』という作品のオーディションに春が応募したことで、選ぶ側にある気づきをさせる展開なんか最高!痛快!
春のただならなさはそのまま恩田さんの底知れなさにつながる。戦慄せよ!
読みどころは恩田作品における天才のありかただ。『チョコレートコスモス』では演劇界を、『蜜蜂と遠雷』ではピアノコンクールを舞台に、一種異様な才能を持つ少年少女を書いてきた恩田さんだが、共通するのは彼らが皆を畏れおののかせること。
本作でも幼い春が、ある画家の未完の馬の絵の「描かれていない残りの部分の動き」をしてみせる場面がある。この時春の叔父さんは「ゾッとした」。またある少女が「花のワルツ」を数人の少年と踊った際、春が相手の時だけ花の香りがした、と言うシーンもでてくる。彼女は「恐怖すら覚えた」。
人智を超えた存在は、拍手で迎えられる前に「今のなに?」と周囲を震撼させるのだ。このスリル。
私が最もシビれたのは、全幕オリジナルの『アサシン』を創り上げていく場面だ。暗殺者がテーマのこの作品で、振付師である春は女性陣の「天国」のシーンに「エロくなーい」を連発。トップを踊るヴァネッサは度重なるダメ出しにキレ、手本を見せてと叫ぶ。
春は、踊る。
恩田さんはこの時彼が出現させたものをカタカナ四文字であらわしている。通常のホメ言葉ではない言いようだが、そりゃそうだ、キャバ嬢がオトコたらし込んでフルーツ盛りとシャンパン入れてもらうのとはわけが違うんである。暗殺教団にスカウトされた青年たちが、それを目にしたら人を殺すことになんのためらいも無くなる舞踏。女、いや、人間を超えた、えたいのしれない官能。
そのあと春は、「地獄」を踊る男性陣のトップのハッサンに「コワくなーい」と言い放ち、そして――。
バレエは総合芸術と言われるが、それを文学に昇華した本作もまたエンタメの塊だ。演目を描くにはまずテーマを決めねばならない。そしてストーリーや動きの道筋が必要。そこに楽曲をつけ、すべてを合体させて「踊り」を文章で読ませる。本書で創作されたバレエは『冬の木』『メルヒェン』『KA・NON』『ヤヌス』etc。ムソルグスキーのクラシック曲『展覧会の絵』のバレエ化や、あまりにも有名な、ラベルの曲にモーリス・ベジャールが振付けた『ボレロ』の”春ヴァージョン”もでてくる。これらはほんの一部なのである!
恩田陸さんが今まで見た、聞いた、読んだ、絵や映画、音楽、物語、舞台が惜しげもなく詰め込まれた一冊だがモザイク的でなく、全体を覆うバレエという世界へのまなざしも素晴らしい。「いつもバレエの間口を広げて進化させてきたのはエトランゼ(異邦人)たちだった」という文章がでてくる。そう、春は、言うなれば淵に立つ者だ。『DOUBT』という作品のオーディションに春が応募したことで、選ぶ側にある気づきをさせる展開なんか最高!痛快!
春のただならなさはそのまま恩田さんの底知れなさにつながる。戦慄せよ!
代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室 道 子
【プロフィール】
雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『婦人画報』、『Precious』などに連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『蒼ざめた馬』(アガサ・クリスティー/ハヤカワクリスティー文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫)などがある。