【第281回】間室道子の本棚 『死者は嘘をつかない』スティーヴン・キング 土屋晃訳/文春文庫

「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
 
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『読んでばっか』
スティーヴン・キング 土屋晃訳/文春文庫
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「死んだ人間が見えてしまう子供」というと、アノ映画を思い浮かべる方も多いと思うけど、本書はホラーの帝王S・キングの著作、さまざまな読ませどころがある。

主人公のジェイミーには物心ついてからずっと、死者が見え、その声が聞こえていた。彼らは亡くなった時と同じ格好をしている。死の現場、あるいは職場や自宅にあらわれ、しばらくとどまり、じきに消える。

このことを知っているのはシングルマザーで出版エージェントをしている母親のティアだけ。でもある日、母子二人暮らしの今後を揺るがす一大事が起き、彼は半狂乱のママに連れられ、死にたての男に会いに行く。それにはママの同性の恋人でNY市警の刑事・リズの手を借りる必要があった。彼女は聞かされたジェイミーの能力について、半信半疑の「疑」が九割、という見方だったが、異様な状態(子供の考えとは思えないことをジェイミーが一時間半にわたってしゃべり続け、そばには録音機を持った必死の形相のティアがいる)を前に、「信」に傾いていく。

服装やあらわれる場所に加えてもう一つ、死者には特徴があった。それは、嘘を言わないこと。

ふつうは「死人に口なし」。でもジェイミーはそれを覆せる。この力が周囲に何をもたらすかが読みどころ。

だって人間は生きてるかぎりでたらめを言い放題。でも死んだら嘘はつけない。ということは、真実を聞き出したい相手がいたら・・・。そしてそのあとで・・・。

お話は死者対生者ではなく、人間対人間、もっと言えば、大人対子供になっていく。キング作品の核にあるのは幼い頃の恐怖だ。歳を重ねても、人はかつて怖かったものから逃れられない。ここで生理現象を使うのがキング流。

たいていの人は驚愕の死に方はしない。だから死んだ時と同じ様子の彼らが生きてる人にまぎれていても見分けがつかない。でも大事件や大事故の場合、顔面血まみれで鼻が二つに割れていたり頭の半分がデザート皿ぐらい欠けていたりする。そういうのを見ると、ジェイミーは吐いちゃう。

「きゃー、バッチイ描写!とても読み進められないよ!」にはならない、そこはかとなく漂うアノ匂い。本書には「パンツのずり落ち」も出てくる。子供にとって、嘔吐やおケツまるだしは、自分がしても誰かのを目撃しても記憶の尾を引くが、こういう失敗の生理、生きてる感覚を死の物語に持ち込むことで、キングはリアルをぐっと引きこむ。縦横無尽にありえないことを描きながら、本作の恐怖はわれわれの肉体のなかにある。ワインの香りがもたらすもの、鼻血、口笛、抱き合う腕の感触。

登場するジェイミーの年齢は六歳、十三歳、十五歳。大人になっていく少年と、愚かになっていく大人をフレッシュに描く快作。
 
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代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室  道 子
 
【プロフィール】
雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『婦人画報』、『Precious』などに連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『蒼ざめた馬』(アガサ・クリスティー/ハヤカワクリスティー文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫)などがある。

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