【第283回】間室道子の本棚 『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー2』ブレイディみかこ/新潮文庫

「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
 
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『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー2』
ブレイディみかこ/新潮文庫
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ノンフィクション『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』書評、先週282回からの続きでございます。

1でたまげたのは、「イギリスの教育、すごい」であった。成績をあげるための話ではないの。

まず幼稚園。政府が定めた幼児教育カリキュラムの中に、「4歳の就学時までに到達すべき発育目標」がいろいろあり、指導要領項目の一つが「コミュニケーション&ランゲージ」。ポスターを見せながら、この笑っている顔は「嬉しい」「楽しい」の表情であり、怒気に満ちた顔の相手は怒ってるんだよ、というのを幼児に教えるのだ。「そんなこと、人間なんだから自然にできるでしょー」はもう甘い。「わたし」が託児所勤務の経験で見てきた現実が綴られる。

また、英国公立学校教育では7年生から9年生から「シティズンシップ・エデュケーション」の導入が義務付けられている。直訳すると「市民教育」。民主主義、政治、議会、法の本質から、予算の重要性(これ、シビアですわね)まで。11歳から市民とはなにかを叩きこまれるのである!

すげー、と思いつつ、「水泳大会におけるゆうゆうとぎゅうぎゅう問題」の場面では、あら、こういうところはフラットにしていかないんだー、とある意味感心。

この1でも、息子さんと「わたし」は、友達、親同士、また、先生と、さらに夏休みに帰省した「母ちゃんの国」にいた日本人たちを前に、心がぎゅんとなる体験をしていくが、2では、より問題が深く、身近になっている印象。マイケル・サンデル先生の白熱哲学講義ぐらい考えさせられるのだ。

たとえば、配偶者(「わたし」の夫は2でもこのシンプルすぎる呼び名で通されている!)が鉄くず集めをしているルーマニア移民の人たちに、うちで出た鉄製スクラップは庭の廃棄物入れの脇にまとめておくから好きに持っていっていいよ、と話す。交流も生まれる。

だがある日、近所から苦情が。「ルーマニア人たちが、おたくだけでなく、近隣の家の捨てるつもりがないものまで黙って取っていく」。この言葉の端々からにじみでているのは「彼らが来るのをやめさせてくれないか」という要望だ。さて、あなたが配偶者さんだったら、どうしますか?

2でしみじみ思うのは、「なんて豊かなんだろう」ということ。配偶者と「わたし」、そして息子さんはこの件を一家で話す。

一般的に「荒れた地域」と呼ばれるエリアに住み、「わたし」はライター、配偶者は「ガタが来ている体に鞭打って、一晩中運転して、スズメの涙みたいな賃金しかもらえない」ダンプの運転手だ。裕福ではない。でもこの家には豊かな言葉がある。いろんな視野を織り交ぜて考える、親子のつながりがある。

先週の第282回で、息子さんは「先を見通す目を持っている」と書いた。彼はみんなが「考えるのはここでおしまい」にしてしまうところからさらに一歩踏み込み、感じ取り、考える。2の読みどころである。私がもっとも感動したのはテレビの選挙番組。

総選挙を間近に控え、英国チャンネル4で党首討論が放送された。テーマは「気候危機」。未来を危惧するティーンたちによる大がかりなデモもあり(先回書いたが、英国では中学校から「市民教育」が徹底されている!)、温暖化対策は政策の重要ポイント。で、番組の演壇は7つで出てきた党首は5人。欠席した党のトップは環境問題に関心がないことで知られており、出演を断ったのだ。

で、テレビ局はどうしたか。二人が座るはずだった席に、地球の形をした大きな氷を置いたのである。出演OKの5人の党首によるアピール合戦のかたわらで、どんどん溶けていく地球!

「わあ、さすが英国のテレビ局。ブラックジョークが効いてるね!」 誰もがそれで終わりにするだろう。でも「わたし」とともにテレビを見ていた息子さんの考える一歩先は・・・。

このほか、「俺みたいにはなるな」とお父さんに言われた時の涙の理由、日本よりも英国で広く報道された、台風19号の大雨のなか、台東区の避難所に来たホームレスの人が追い返された問題など、その先への若いまなざしに感服する。その力があるゆえに傷つくこともあるのだけど、彼は顔を上げ続ける。

1、2ともに、夏休みに親子でぜひ読んでほしい。そして先回も宣伝したが、2は当店の宮台由美子による巻末解説つき。お読み逃しなく!
 
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代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室  道 子
 
【プロフィール】
雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『婦人画報』、『Precious』などに連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『蒼ざめた馬』(アガサ・クリスティー/ハヤカワクリスティー文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫)などがある。

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