【第285回】間室道子の本棚 『野球が好きすぎて』東川篤哉/実業之日本社文庫

「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
 
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『野球が好きすぎて』
東川篤哉/実業之日本社文庫
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ユーモアミステリーでおなじみ、東川篤哉先生が、タイトルどおり野球が好きすぎて書いた連作。正確に言うと先生は「プロ野球が好きすぎて」、もっと言うと「広島東洋カープが好きすぎて」なのである!

あとがきを見てほしい。冒頭の『カープレッドよりも真っ赤な嘘』。記念すべきこの一話目がどうやって誕生したか。ずるっこ。ヨコシマ。空いた口が塞がらない。この一件について先生は「編集者にそそのかされて」と言い、そのあと取って付けたように「了承を得た」と書いている。すんごいグレー!

でも引き続きあとがきにあるように、この「カープレッド」、本格ミステリ作家クラブ編纂のアンソロジー『ベスト本格ミステリ2018』に選ばれたの。名作の証。で、東川先生、本書収録の五作品で斬新なことをやっているのである!

構成は、この欄の第256回『福家警部補の考察』で紹介した「倒叙もの」。犯人目線で話が始まり、彼もしくは彼女には憎い、あるいは邪魔な、もしくは復讐すべき人間がいて、その人が被害者になるのだが――というやつ。それであんまり言うとネタバレになるのでつつしむが、本書『野球が好きすぎて』には通常の「倒叙」にはない工夫がある。乞うご期待!

さらに事件の捜査陣と、実際に解決してしまう人物(推理の場所はいつもバー。その名も「ホームラン・バー」!)は素っ頓狂。東川節炸裂だ!

また本書は、あらたなる地平を切り開いている。従来の野球ミステリーで書かれてきたのは、八百長、選手間のいざこざによる殺人、薬物トラブル、球団売却が原因でのオーナー殺しなど。ちょっとあげただけで物騒ですわね。

でも五編に登場する犯罪、つまりさきほど挙げた邪魔とか復讐のモトにあるのは球界を揺るがす大事件などではなく、浮気とか出世とかのよくあるだはだは。でもこれに野球がからむと、スゴイことになるのである!

エピソードとして登場するのが「ああ、あれね!」であるのが魅力的。プロ野球珍プレーではない。一面報道にはならないけど、野球をとくに好きではない人でもスポーツニュースでチラ見の記憶があるであろう「珍事」。その奥にあるのは、「人は野球のためにこれほどのことをするのか」という放心、ある意味感心。

キーワードを挙げると「カープあるある」「太陽のせい」「冷蔵庫に罪はない」「あるものが長い」など。ね、読みたくなったでしょ!

感動すべきは誰も野球をやめないことだ。試合・マスト・ゴー・オン!東川先生、年一で創作を続けているそうで、第二弾刊行がまちどおしい!
 
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代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室  道 子
 
【プロフィール】
雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『婦人画報』、『Precious』などに連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『蒼ざめた馬』(アガサ・クリスティー/ハヤカワクリスティー文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫)などがある。

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