【第294回】間室道子の本棚 『夏のカレー 現代の短篇小説 ベストコレクション2024』日本文藝家協会編/文春文庫

「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
 
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『夏のカレー 現代の短篇小説 ベストコレクション2024』
日本文藝家協会編/文春文庫
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「お菓子」とか「アジアの街」とか、「マラソン」「三越デパート」など、アンソロジーはテーマをたてて集められるものが多い。本書はカレー小説を集めた・・・ではなくベスト集。共通点は書かれた年のみ。2023年の一月から十二月まで、ウェブ雑誌を含む小説誌や出版社のPR誌などに刑された短編を日本文藝家協会の編纂委員の方々が読みまくり、選出した「すぐれもの」というお墨付きの十一編なのである!

あたりまえかもしれないけれど、一人の作家だけをどんなに読んでも特徴はあんがいわからない。他者の強強強強強強強強の中にまじることで見えてくるパワーやカラーがあるのだ。本書はその発見にうってつけ。

まずおすすめは江國香織さんの「下北沢の昼下がり」。タイトルどおりの状況で、四十八歳の男が自分の母親と高校一年の娘とともにヴェトナム料理店でごはんを食べている。妻はいない。なぜなら、家出中だからだ!彼の女性関係のせいで。そしてこんなことになるのは初めてではない!!

読みながら、江國さんは作品の中にビシーッと背骨を入れてくるんだよなあ、と思った。下北の午後というまったり感のなかで、比較的ユーモラスにお話は進んでいくのだけど(妻に「いつまでも二十歳の気分でいる」と評されているこの男のお気楽、そして引き起こしてきた愚行に、きーっとなる読者も多いと思うけど)、母親に、家出中の沙世さんは帰ってくるんでしょ、と聞かれた時、「帰ってくるよ」ときっぱり答えたのは娘だ。「前もそうだったし、実家にながくいると疲れるといつも言ってるし、服とかも」とこの子はあげていくのだが、男は思う。

「それらは妻が自分の家に帰る理由であって、私の元に戻る理由ではない」。

この、「物語の矢印はこちら」というような骨の入れ方がすごい。そして読み手の多くが、なんだ、彼ってわかってんじゃん、なのになぜ二十歳の男みたいな行き当たりばったりを繰り返す!?とあきれるだろう。で、このあと今回の愚行の内容があきらかになる。そうか、わかっていても繰り返すから二十歳の男みたいなのか、と誰もがお手上げかもしれない。

最後にある生き物の話が出てきて、これと男との類似に私は「ぽいね!」と感嘆してしまった。そして当の男の反応に、もはや感心。怒りもあきらめももどかしさもうっちゃるラストに乞うご期待。

もう一つのおすすめは、三浦しをんさんの「夢見る家族」。当たり前だが、短編は早く終わらせねばならない。だから皆、起きていることを言葉にしてどんどん書いていく。でも本作では、書かれている以外のことが進行している気配がひしひしと伝わってくる。他の作家たち、他作品の中でそれが際立つ。しをんさんのこんな力、はじめて見た。

登場するのは両親と保育園に通う息子二人。この一家は毎朝儀式めいたことをしている。母親が息子たちにあることを聞くのだ。これが済むまでは、朝ごはんに手をつけることは許されない。冷めきった目玉焼きは、プラスチックみたいな喉ごしになる。弟はこれがいやでいやでしょうがない。で、ひとつ年上で顔も頭も性格もいい兄とあるたくらみをする。以来弟の朝食はスムーズ。でも、はかりごとのために夜中におしゃべりする時、兄の目は黒いプラスチックみたいになるのだ。

読みどころは「妄想してるのは誰?」ということ。成長し、トンデモな両親を見下しつつ、弟は、自分は力のある人間だ、という思いにすがる。でもそれは、「母親の言ってることはほんとうだ」という立場じゃないと成り立たないのだ。また、高校生になった彼の夢に若かりし頃のお母さんが出てくる。あれは正夢?それとも意味のない脳の映像?

いずれにしろ、家族って、同じ夢を見る共同体的なところがある。それは「四人」を抜け出し兄と弟の二人になっても変わらないのだ。三十五ページなのに、五百ぐらいあったような圧巻の読後感。じゃあ長編にしたらいいのに、ではなく、短編でこの読み味を出すのがしをんさん流。

ほかに山田詠美さんあり、小川哲さんあり、「ベスト」にふさわしいラインナップ!
 
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代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室  道 子
 
【プロフィール】
ラジオ、TVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『Precious』、『Fino』に連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『蒼ざめた馬』(アガサ・クリスティー/ハヤカワクリスティー文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫)などがある。

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