【第306回】間室道子の本棚 『大観音の傾き』山野辺太郎/中央公論新社

「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
 
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『大観音の傾き』
山野辺太郎/中央公論新社
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作者の山野辺太郎さんは職場の新人男性を書くのがうまい。よくあるはりきりボーイや「令和男子です、仕事に未来を求めてません」じゃないのがいい。滅私ではなくひたむきで、職務遂行に疑いを持たないが言われたことを鵜呑みにもしない。この距離感がすがすがしい。そして青年主人公たちは、まじめな顔でトンデモ仕事に向きあうのである!

デビュー作の『いつか深い穴に落ちるまで』(角川文庫)では「日本からブラジルまで穴を掘って移動通路にする事業」が描かれた。二作目の『孤島の飛来人』(中央公論新社)で若い男性会社員の所属部署がめざしていたのは、風船による飛翔(横浜のビルの屋上から父島まで!)であった。今回の『大観音の傾き』で描かれるのはタイトルどおり。

舞台は東北の大きな街。その郊外の丘に台座と合わせて高さ百メートルの観音像が立っている。建立から三十年。「あれ、傾いてきてない?」。その調査に市役所の出張所新任、高村修司が粛々と当たる。

本書は足元が揺れてる人たちの話なんだな、とわかってくる。

まず修司。父親が転勤続きだった事情で、彼には定まった故郷というものがない。また、公務員だから生活は安定しているが、昔からいいなと思う人に声をかけることができず、仕事をしてるとき以外=夜と朝が寂しい。発展するはずのニュータウンに家を買ったものの、いろんなことが頓挫し、広大なエリアで今人がいるのは一人暮らしの自分の一軒だけ、という男性も出てくる。不安、あるいは応援(?)のため、像の真下でへんなことをしている老人グループもいる。

そして観音ご自身。神様仏様の御心を描いた文学はいくつもあるけれど、私が読んだ中で、本作がいちばん寄り添っていると思った。

作中に記述があり、ネットで調べると画像もぼこぼこ出てくるように、一九八〇年代から九〇年代の初めにかけて、日本各地に数十メートルから百メートル超えの観音像仏像が続々出現。施工主は宗教系だったり故郷に錦を飾りたい大立者だったり、いずれにしても民間・個人の持ち物だ。ちなみに本書の観音様の所属先はお寺さん。バブル遺産によくあるへんてこモニュメントや異様な外観のビル群よりいいかもしれぬが歴史も由緒はない。拒否反応は起きる。出来たばかりのときは、「悪趣味」「不気味」「まがいもの」「景観破壊」「迷惑施設」とたいへんな言われようで、観音様はぶっちゃけ、ちょっとムッとしていた。もちろん、遠く近く、姿に目を留め、手を合わせてくれる人たちもいる。

これまた作中にあるが、大仏と観音の違いは、仏様はすでに悟りを開いており、観音様はまだ修行中。その身で人間を救いに導こうとされている。奈良時代=建立一三〇〇年余を経た国宝級の皆様も道のなかば。本書のお方はたかだか三十年。新人中の新人。ルッキズム(?)にココロが波立つのも無理はない。最近は聞き流せるようになってきたけど、自分は強くなったのか鈍くなったのか、ここでも胸はざわめく。

で、あるともないとも言えない傾きがあるなら原因は揺れだ。振動で物理的に、ではないの。ここからの思いの重ね方が読みどころ。

「観音様は、かなり悟りに近いところまで至っていらっしゃる」という声もあるけど、修司=著者・山野辺さんは、もっとずっと、私たちに近い、と位置づけている。大きな大きな体をした「みんなを救いに導く」を担っているひとりの人間が、あの日、あの光景に直面したら――。人々の想像と大観音の見ている夢がオーバーラップする。

自分を見上げている者に気づく場面も印象的だ。片やたぶん身長一五〇センチぐらいの老婆、片や百メートルのコンクリ製。でもふたりは融け合う。

山野辺作品お得意の無茶やおとぼけもあり、呆れたり吹き出したりしながら、われわれは修司と観音様に気持ちを通わせる。御身に最大のピンチが訪れた時、救うのは誰か。乞うご期待!

胸に沁み入るとってもいい作品。おすすめです。
 
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代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室  道 子
 
【プロフィール】
ラジオ、TVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『Precious』、『Fino』に連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『蒼ざめた馬』(アガサ・クリスティー/ハヤカワクリスティー文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫)などがある。

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