【第309回】間室道子の本棚 『幸せって何だろう』JAFメディアワークス編/JAFメディアワークス

「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
 
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『幸せって何だろう』
JAFメディアワークス編/JAFメディアワークス
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タイトルどおり、68人の著名人が「幸せ」について書いているエッセイ集。

面子がすさまじい。小川洋子さん、川上弘美さん、吉本ばななさん、辻村深月さん、万城目学さん、島田雅彦さん、町田康さんetc、小説家だけでなく、東大名誉教授の養老孟司先生もいれば、漫画家ヤマザキマリさんもいる。ジャズの山下洋輔さん、生物学の福岡伸一先生、あらブレイディみかこさん、おや松任谷正隆さん――ううむ、名前をぜんぶ書いて満足してしまいそうだ。

アンソロジーのお楽しみって、「誰からいくか」ができること。私の場合「1ページ目から順に」はまずない。好きであることはもちろん、その書き手が「幸せ」についてどう思っているか、今日(一月、うす曇り、午後)の気分でいちばん興味がある人・・・江國香織さんにした。

彼女は、十代の自分が「しあわせとは何か」と尋ねられていたら、「自由でいること、とこたえただろう」と書いていた。そして「自由の本質が孤独であることまでは理解していなかった」とパラグラフを結んでいる。シビれますね。

二十代をはさみ、三十代では「愛し愛されること」となる。「でも、それはしあわせと呼ぶには強烈すぎるし危険すぎる、ということには気づいていなかった」

そして四十代を経て、五十代の今、江國さんがあげたしあわせとは――。

おみごと。ブラボー。スタイリッシュで美しく、切れのいいナイフがすっと心に切りこみ、血があたたかいかんじ。本書におけるわたしの読書のオープニングを飾るもっともいい一作を選べた、もうこれで終わってもいいくらいだ、とため息がでる。

もちろん、いやいやうそうそ、と次にいく。わたしの場合、一番手を選べたあとは「二番は誰にしようか」とならず、ランダムにどんどん読み進む。千年前の文学にふれながら「さいはひ」を考えた酒井順子さんにうなった。

『源氏物語』においてこの言葉は女性に対してしか使われていません、という文章に「え、そうなの?!」驚く。平安時代の「さいはひ」は、貴公子たちから見初められること、玉の輿に乘ること。だから「ハッピー」より「ラッキー」の意味を持つ、と考察が続き、すごいのはここから。

自力でなにかしたのではなく、たまたま男によって「幸い」になった女たちは、時代的には幸運、でも人生として幸福だったか。心情に潜っていくさまがスリリング。68のエッセイはどれも見開き換算で1ページ程度なのだけれど、この一編の深みはダントツ。

ほかに、「幸せ」という言葉が、昔から、少し怖い、という村田沙耶香さんもいれば、アンドロイド(人間酷似型ロボット)研究開発の第一人者・石黒賢先生の考える幸福な未来もある。会社をやめてフリーになった稲垣えみ子さんの大発見もいいし、あとみなさん、『酒場放浪記』の吉田類さんは、「酒」のほかに何をあげていると思います?だめだ、やっぱりきりがない。

オチが予測できたかもしれぬが、『幸せって何だろう』を読めたこと、それが今日のわたしの幸せ。
 
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代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室  道 子
 
【プロフィール】
ラジオ、TVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『Precious』、『Fino』に連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『蒼ざめた馬』(アガサ・クリスティー/ハヤカワクリスティー文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫)などがある。

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