【第311回】間室道子の本棚 『カメオ』松永K三蔵/講談社

「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
 
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『カメオ』
松永K三蔵/講談社
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芥川賞受賞作の『バリ山行』でも感じたことだが、この著者には読者を離さない吸引力がある。ストーリーや文章をあれこれ工夫しているとかではなく、松永先生がひとたび綴り始めれば、というかんじ。地肩が強いのである。

表紙でみなさん予想されてるかと思うが、最初に、この犬は、「カメオ」ではないの。うならされましたねー。

主人公・高見は神戸市北区の物流倉庫に勤めており、ここに倉庫を建てるって、どういう・・・、という工務の担当になる。

須磨区の住宅街にある100 坪にも満たない遊閑地。一方通行じゃないから対向車が来ればにらみあい。歩行者も危険。そんなところで建設工事?倉庫が建ったとして、搬入も搬出も難儀だろう。

しかし所長および東京本社の課長から「経理絡みの話」「建築確認は済んでおりあとは建てるだけ!」と言われ、高見自身も「クレーム対応を含めて建築の一切は請負工務店の現場監督が取り仕切るだろう」とタカをくくっていた。甘かった。

現場の隣に住む強烈な人物が工事のジャマをするのである。もちろん姓があり、どんなに嫌な相手でも公式にはこれに「さん」づけで呼ぶしかない。でも存在と苗字がつりあわない。物語に何度出てきてもかすむ。いいですねー。

閑話休題、現場監督に助けを求められ北区から須磨まで一時間半かけて駆けつけ男に名刺を渡したのが運のつき。それからもう何度となく高見は呼び出され、「クレーマーちゃうど」のお相手を一時間も二時間もさせられることになる。

で、こいつに飼われているのが犬なのである!

動物がいじめられる物語は胸がいたむ。でも犬は「辛」「苦」「哀」というより「珍」。なにしろ、吠えない。鳴かない。動かない。ただ座っている。

それは飼い主のギャクタイのせいではないか!と思われるかもしれないが、そうではないの。自宅前と工事現場の端から端までをいったりきたりする、という奇っ怪なものであるが散歩はおこなわれているし、ドッグフードの銘柄にもビックリ。

そして強烈男が独特すぎる。「暴」「醜」「圧」というより「変」。こんな人物、見たことない。工事の人たちや高見が手を焼く場面で思わず笑ってしまう。

後半、この人に代わって高見と犬がペアになる。ちぐはぐに拍車がかかり生活は七転八倒。このへんから胸が痛い。「敵」であったあいつより、味方、居場所であるはずの会社やマンションから高見に降りかかってきたもののほうが、読んでいてつらい。

一方犬のポテンシャルが、じょじょに頭をもたげてくる。これ以上主人公にやっかいをかけてくれるな、と思いつつ、ココロのどこかで、いけいけ、もっとやれー、と痛快だ。高見自身も、いけいけ、となっているのが読みどころ。犬のために困らされているのに、のしかかるうつうつを晴らしてくれるのもまた犬。松永K三蔵先生の真骨頂である。

建てたとて、の100坪の倉庫をきっかけに、男、犬、高見、かえりみられぬものたちが最後にがっつりかみ合う。「カメオ」で。

『バリ山行』にシビれた人はぜひどうぞ!
 
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代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室  道 子
 
【プロフィール】
ラジオ、TVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『Precious』、『Fino』に連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『蒼ざめた馬』(アガサ・クリスティー/ハヤカワクリスティー文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫)などがある。

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