【第312回】間室道子の本棚 『夜に猫が身をひそめるところ ミルリトン探偵局』吉田音 吉田篤弘・絵/中公文庫

「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
 
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『夜に猫が身をひそめるところ ミルリトン探偵局』
吉田音 吉田篤弘・絵/中公文庫
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今はあんまり行けてないんだけど、わたしは海外旅行先で拾ったものを持ち帰るのをシュミとしていた。

土産物店、免税店には興味がない。私の目が光るのは、たとえば数十年前のモロッコ、マラケシュの郵便局の「ハッサンさんの書き損じ」。日本へおくる絵葉書を出しに行った時にみつけたそれは、世界共通の「シッパイしました、反故にします」のしるし=中ほどからボールペンでぐるぐる巻きが書かれ、床に落ちていた。郵便局でのことだから、転居届とか書留にかんするものだろうか。シビれるアラビア文字の羅列のなか、名前だけ「HASSAN」と英語表記されたその紙を、私はポケットに入れた。

ニューヨークのブロードウエイでは、なぜか一枚だけ落ちていたトランプを拾った。クラブの3だった。ハワイではトランプ大統領反対集会のビラ、ロンドンのホテルのベッドの下からでてきたのは小指の先ぐらいの大きさのプラスチックの緑色の粒。安いネックレスが切れたんだろう。

で、これらは大切にとっておかれないのがミソなの。帰国後、マムロ家の「どうでもいいものを入れておく缶」に仕舞われ、そのうち無くなるのだ。でも意外なほど強く、頭の中に残っている。

前置きが長くなったが、私の考えでは、本書の主人公は十三歳の女の子・音(おん)ちゃんでも彼女が敬愛している学者兼探偵の円田さんでも黒猫のシンク(円田家に居ついている)でもなく、猫の「おみやげ」である。

夜、シンクは外に出たがる。そして戻った際、何かを口にくわえたり体にくっつけてきたりするのだ。

私の海外拾得物に負けず劣らずそれは「ごみ同然」。たとえば、十六日間かけて運ばれた青いボタン十六個。まっすぐな釘、赤錆を帯び「く」の字に曲がった釘。「光沢ビス」と書かれた紙片、なんと彼が吐き出したものまである。音ちゃんたちは、これらがあった場所を考える。つまり、夜に猫が身をひそめるところ。「ミルリトン探偵局」の誕生だ!

「空想する」ではなく、ふたりが「推理」と位置付けているのがいい。たとえば「かの赤錆の釘は、魔法のアイテムなのです!」とファンタジーに走ったとたん、私の頭は止まる。日常から出ないほうが広がる自由ってあるのだ。

音ちゃんも、そこは「猫だけが行ける世界」ではなく、ちょっとだけ人とつながっている場所ではないかと考えている。なにか晴れがましいことがおこなわれているその裏や、後ろや、隅。人間が発生させたのだけど人間が入れない場所。

わたしが今あたりを見回してもいろいろある。スタバと銀行の境目とか外階段のいちばん下の背面部分とか煉瓦塀のてっぺんとか。その場でくつろぐ。あるいはそれらを通って猫がたどりつく地点。

シンクが品々を持ち帰るのは夜ふけか朝だけど、夜の安全地帯は昼間もいい場所なんだろう。かくして「縁側に座っている大工のおじさん」や「楽しそうにプリズムを覗いている焼却場のおじさんの息子」など、音ちゃんたちの推理からいきいきとした眺めが立ち上がる。「魔法の~~」より豊かで愉快な世界がここにある。

本書の幕間には「じつはあの品々は」が付いている。でも「正解」ではなく、「これもまたひとつの解釈」みたいに思えるのがいい。なにせミルリトンは、真相解明を目的とせず、謎を解かないままどこまでも考え続ける探偵局なのだ!ページの向こうから、吉田篤弘さんの「音ちゃんたち&僕は、このように推理しました。みなさんはどうです?」という目くばせが感じられ、よしきた、じゃあ自分は、と考えたくなるのだ。

アンゴという猫も登場し、彼も夜、外へ出してほしがる。臆病なのに、「どうしても行かなくてはならないのです」という顔をするのだ。ここを読んで、夜の猫がしているのは「旅」ではないかと思った。

私の海外行きも、観光したいとか何を食べたいとかではなく、ただ、今いるところを離れ、別な空気の中にいたいのだ。アンゴは「帰りは手ぶら」だそうだけど、シンクにとって夜のお出かけは、外出でも散歩でもなく「旅」。こう考えると「おみやげ」つきなのもうなずけるのである!
 
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代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室  道 子
 
【プロフィール】
ラジオ、TVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『Precious』、『Fino』に連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『蒼ざめた馬』(アガサ・クリスティー/ハヤカワクリスティー文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫)などがある。

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