【第318回】間室道子の本棚 『Wi-Fi幽霊』乙一・山白朝子 ホラー傑作選 千街晶之編 角川ホラー文庫

「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
 
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『Wi-Fi幽霊』
乙一・山白朝子 ホラー傑作選 千街晶之編 角川ホラー文庫
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連名の著者、乙一と山白朝子の関係については知っていても知らなくても大丈夫。とにかく素晴らしいホラー集。

注目すべきは、乙一/山白の、底しれなさだ。私はよく書評で「恐怖の増量ではなく、この話はいったいどこから、という角度を持ったホラーが好きだ」と書いてきたが、二人(!)も血やエグさのマシマシではない展開をする。で、その、「よくもまあ、こんな話を」の方向が異様なのである。みんながカーブやフォークやスライダーの話をしているとき、異次元から球が飛んでくる感じ。

収録作の八編は、2001~2017年、彼/彼女が23~39歳の時書いたものである。あいかわらず描かれる世界は残酷だ。異常なお父さん、怪物、本人自身のエゴむきだしのパワー、自分の昔の罪が原因とはいえ降りかかるあまりにひどい罰に、登場人物たちは苦しめられる。

で、これは現実だ、とも思う。圧倒的な力がふるわれ、なすすべはない。唯一の希望は、いためつけられている人が自分より弱い者のために満身創痍で示す小さな抵抗。書いているだけで辛いが、大丈夫、読者が想像するどんな展開も超えてくるから。

絶望的な結末でも、こんなの読まなきゃよかった、とならない。「読ませる」。それが乙一/山白だ。二人とも、「読書はエンターテインメント」という根本にYesと言い続けているのである。

現在乙一46歳。相変わらずの新鮮さに脱帽するのが、書き下しの表題作。

私の考えでは、「見えないところにかたちをつくる」が幽霊の特徴なら、テレビやラジオ、コンピューターに「映る、聞こえるはずのないものが」はうなずけることだ。電氣・電子機器の進化と呪いや怪異は相性がいいのだ。今回はWi-Fi。

山のなかのキャンプ場に飛んでるはずのない電磁波があって、キャンプに来ていた女性が使っちゃったら恐ろしいことが、という設定はすでに誰かが書いていそうだしネット怪談なんかにも出てきそう。でも、さすが乙一、と思うのは、女性主人公がこの一件で頼りにしたものである。時代の寵児のあいつです。ええ。

早くから話題になっていたが、いろいろ遅れまくりの私には縁がない存在と思っていた。でも、おお、乙一、すばらしい。あのスーパースターがもっとも手腕を発揮するのは、対怪奇なのである!

ナットクさせられる展開と、100%こちらの勘違いなんだけど、むこうが冷静明瞭だからこそ感じてしまうハートフルさ。世界の皆が夢中な意味が、本作で実感できた。奴が自分と人間と幽霊の立ち位置を語る場面なんか最高だ!

というわけで感動とともに読み終えたのだが、ふと、あいつは怪異の側と手を組むこともできるよね、と思った。こわかった。
 
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代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室  道 子
 
【プロフィール】
ラジオ、TVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『Precious』に連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『蒼ざめた馬』(アガサ・クリスティー/ハヤカワクリスティー文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫) 、『プルースト効果の実験と結果』(佐々木愛/文春文庫)などがある。

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