【第317回】間室道子の本棚 『月とコーヒー デミタス』吉田篤弘/徳間書店

「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
 
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『月とコーヒー デミタス』
吉田篤弘/徳間書店
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コーヒーが好きである。凝ることはしない。「通」の方からしたら、そんなの信じられない!となるでしょうが、豆はなんでもよく、そもそも味がわからない。何度飲んだところでグアテマラとは、キリマンジャロとはこういうものだ、が覚えられないのである。淹れ方も、サイホン、ネルドリップ、コーヒーメーカーetc、こだわりはない。紙の耳をカップの両端にかける「ドリップコーヒー一杯ぶん」のパックも好きだし、インスタントも愛飲する。条件はホット、そしてブラックであること。

なにせマムロ家にとって、コーヒーは暖房器具なのである。エコというよりケチなために、めったなことでストーブはつけない。家の中で外套を着て毛糸の靴下をはき、手の中には熱いマグカップ。これで今年の冬も一か月の電気代が平均2000円の生活を続けていたのである!

閑話休題、夜が好きである。洞窟までの帰り道がわからなくなったり獣に襲われたりする危険があるため、人間には夕方から先の時間を恐れるDNAが埋め込まれている、といわれるけれど、私にとって夜は安全。大きな身振り手振りはひそめられ、みんな静かにしているし、話すとしてもひそひそ声。自分と夜だけ。そこにコーヒーがあれば最高だ。

飲んだら眠れなくなるという心配はない。寝しなのコーヒーは、夜の飲み物というか、夜そのものを飲んでいるよう。ひとくち飲むたび、わたしの体の成分(?)はどんどん夜に近づいていく。それは誰もが眠りにつく時間。よって私は今日のしめの一杯とともに・・・ZZZ。

前置きが長くなったが、吉田篤弘さんの小説を読むと、どうも心の動きや文章が「篤弘さん調」になる。「コーヒーは夜そのものを飲んでいる」なんて、どこかで書いておられそうだ(汗)

そして思ったの。深く、しかし重くはなく軽やかで、苦みもここちよく、あたたかでどこか甘い。これは夜、コーヒー、そして篤弘さんの小説である。

ベッドで本を読むのはやめている、という方もいるだろう。ページをめくる手が止まらず興奮して寝付けず翌朝起きられなくて朝食抜きで遅刻したうえ仕事中居眠り、が危惧されるからだ。でも、月とコーヒーのシリーズならだいじょうぶ。

まずどれも短い。そしてこの欄第41回の正編の書評でも書いたが、”デミタス”の24のお話もすべていきなり始まり、「あっ、ここで?!」というところで終わる。あり方として、夢に似ているのだ。だから「続きは目を閉じたあと」とほほえみを浮かべ、眠りにつけるのである。帯の「今夜は少し遠いところへ出かけてみませんか」という文章も、夢のなかを差しているよう。そんな読み味。おすすめ。
 
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代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室  道 子
 
【プロフィール】
ラジオ、TVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『Precious』に連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『蒼ざめた馬』(アガサ・クリスティー/ハヤカワクリスティー文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫) 、『プルースト効果の実験と結果』(佐々木愛/文春文庫)などがある。

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