【第319回】間室道子の本棚 『珈琲怪談』恩田陸/幻冬舎

「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
 
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『珈琲怪談』
恩田陸/幻冬舎
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恩田さんの怪談の魅力は「雑」の中にある。ストーリーが雑とかそういうことじゃないの。
まずは雑多。

登場するのは、音楽プロデューサーでいつもぼーっとしている塚崎多聞、作曲家兼スタジオミュージシャンでスキンヘッドに突き出た腹の尾上、グレーの長髪にサングラスというパンクスタイルの外科医・水島、糊のきいた白シャツ姿を崩さない検事・黒田。これら中年男が老舗の喫茶店で怖い話を披露し合うのが『珈琲怪談』である。

この手のグループだと、巨漢の尾上はパワー系、パンク水島は不良テイスト、きまじめな黒田は知性派、多聞は無垢、つまり「腕力、影ある存在、叡智、少年の心」という少年漫画誌のヒーロー四大性質みたいなキャラを背負いがちだが本書はぜんぜん違う。彼らはそれぞれに変な人であり、ほどよく雑な関係。多様で多彩な四人である。

そして雑踏。舞台は京都、横浜、神保町、神戸、大阪。共通するのは「歴史と伝統」。ゆえに観光地でもある。人々のそぞろ歩きに混じり、彼らは行く。「怪談は目当ての喫茶店に着いてから。一店一話」という決まりがあるもののかまわず話し出す者もいる。人の流れの中でふと見えたもの、思い出された光景が、呼び水になるのだ。

さらに雑談。「怪談かどうか分からんが」「怪談かなあ」「別に怪談でもないし」など、どれも始まりは、はなはだ曖昧。奇妙な体験や見聞きをし、どう消化していいかわからないから、彼らは世間話のように話し出す。

たとえば「戻ってくる傘」「夜、テントの外から触って来たもの」「有名怪奇漫画家の、誰も知らない最後の一コマ」「台湾の高級ホテルにおける自動ドアの効能と左右の壁にかかげてある巨大な絵の意味」――。「オバケが出ました」より皮膚がぞわぞわ。

ちなみに私がもっとも怖かったのは、実在した怪談噺の名人・三遊亭円朝についてのエピソードだ。この高名な落語家は幽霊画を集めていて、毎年夏に公開の場を設けていた。たくさんの亡霊たちにまじり、一枚の風景画がある。この件に尾上が一言。私はゾーっとし、いちばん心にしみ入った。

そもそも珈琲怪談は、尾上が文化庁に依頼された楽曲に行き詰まり、インスピレーションを求めて仲間たちを集めて怖い話をさせたらすごくいいのが出来た、というのが始まりだ。味をしめた彼は二回目、三回目を招集する。でも感動させる曲をつくるのに、「ココロあたたまる話をしてくれ」とか「泣ける話はないか」ではなく、なぜ「怪談」なのだろう?

思えば「ええ話」より都市伝説やホラー体験のほうが圧倒的速さで伝わり人を揺り動かす。恐怖の前でわれわれはなにも取りつくろえず、奥底がむきだしになる。そういう境地でなにかを生み出せれば。あるいはそんな生な心がさらされた人々に響くものが作れれば・・・。

おお、尾上、怪奇にタマシイを売った男!そんな彼の呼びかけに毎回のこのこ、あるいは嬉々として集まってくる他三人。まったく、なんて魅力的なんだろう!

いずれにしろ、己の存在の根っこに手をつっこまれて、なにかつかみ出されるかんじ。本書を読んでいると、われわれのほうが怪談に選ばれ、試されてる気分。さあ、あなたの今まで生きてきたなにが、この話に反応したの?――

書評を、会のキメぜりふで閉じたい。「ようこそ、珈琲怪談へ」!
 
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代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室  道 子
 
【プロフィール】
ラジオ、TVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『Precious』に連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『蒼ざめた馬』(アガサ・クリスティー/ハヤカワクリスティー文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫) 、『プルースト効果の実験と結果』(佐々木愛/文春文庫)などがある。

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