【第322回】間室道子の本棚 『パズルと天気』伊坂幸太郎/PHP研究所
「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
* * * * * * * *

『パズルと天気』
伊坂幸太郎/PHP研究所
※画像をクリックすると購入ページへ遷移します。
※画像をクリックすると購入ページへ遷移します。
* * * * * * * *
これはじっさいの話。あるお笑い二人組の片方が問題を起こしてテレビから消えた。相方はしばらくひとりでコンビ名を背負い活動していたが、ある日電撃的に解散が発表される。時がたち、二人は一方のマンションを一方が訪ねるかたちで会うことになる。ピンポンのあと、ドアが開き、目が合い、絶句のあと、彼らは天気の話をしたそうだ。
こちらは海外の小説内の話。月夜の海岸を散歩中の女性が劇的な場面に出くわす。浜辺にウェディングドレスを着た美しい女がいる。手には旧式のリボルバー。用心しいしい近づき、放心状態の美女から銃を預かることに成功した彼女は、この人が近くの豪邸に住む男の新妻だと気付く。女を支え、お屋敷をめざしながら、女性は声をかけつづける。ほんとに素敵なお家ね、とか、天気の話とか。
かように天候トークはすばらしい。現実の芸人も物語の拳銃花嫁も同じように救うのだ。前置きが長くなったが、今回紹介する『パズルと天気』は伊坂幸太郎さんの最新短編集で、おすすめは「Weather」。
大友が天気に異常にくわしくなったのは、学生時代からの友人・清水が多重恋愛関係同時進行男だったからである。彼が連れているGFに、たとえば「この間、一緒にあのカフェに行ったんだってね」と言うと、相手の顔面がこわばる。まずい、別なひとだったか。あわてて出した別のどんな話題も、清水に小刻みに首を振らせ、「いったい誰の話よ!」と女性の激怒をまねく結果に。というわけで、大友は怖くて天気のことしか話せなくなったのである!ザ・当たり障りのない会話。無難中の無難。
そんな清水が結婚するという。「明香里と出会い、性格を入れ替えた」と豪語してるのだ。で、この女性と大友にはある事情があり、彼は「清水の言動を挙式まで観察」を彼女から命じられる。夫になる人の過去はまあ知っている。でもココロを正したはずの彼に隠し事をしている気配。よもや、切れてない女とか?!
で、とくになにもないまま迎えた当日、式の会場は、清水が一人で見つけてきたというレストランだった。でも、なんかへんだ。いまさらだが大友は気が気でなくなる。そして、セレモニーのラストで――。
伊坂幸太郎さんの小説に、私はよく声を立てて笑う。と同時に、泣かされる。なんでもない場面や、とくに感動的ではないせりふが、心のもっともやわらかい部分に刺さるのだ。「Weather」では、「うちは揃っています」という清水の言葉。
「彼にこんな一面もあった」ではないの。普遍的な人間の真っ当さ。清水の生きてる全身に全力でYES,と言ってあげたくなるこみあげ。
名言とは違うから、物語から切り離しては意味をなさない。逆にいうと、私の考えでは、「Weather」は「うちは揃っています」を光り輝く一言にするために46ページを費やし、書かれたのである!
本書の宣伝に「頑張ればどうにかなる”パズル”と頑張ってもどうにもならない”天気”」という伊坂さんの言葉があった。相反する性質みたいだけど、共通するのは祈りだと思う。
気ばり・ねばり・踏んばりが有効なものには旗ふりや拍手や声援。おてんと様だのみの場合はてるてる坊主や下駄飛ばし(令和のみなさん、わかります?!)。
どうにかなるから、あるいはどうにもならないから、人は必死によい未来を思い願う。伊坂作品を読むとへとへとになるのは、ラストに祝福あれ、と念じながら物語と並走するからだ。
こちらは海外の小説内の話。月夜の海岸を散歩中の女性が劇的な場面に出くわす。浜辺にウェディングドレスを着た美しい女がいる。手には旧式のリボルバー。用心しいしい近づき、放心状態の美女から銃を預かることに成功した彼女は、この人が近くの豪邸に住む男の新妻だと気付く。女を支え、お屋敷をめざしながら、女性は声をかけつづける。ほんとに素敵なお家ね、とか、天気の話とか。
かように天候トークはすばらしい。現実の芸人も物語の拳銃花嫁も同じように救うのだ。前置きが長くなったが、今回紹介する『パズルと天気』は伊坂幸太郎さんの最新短編集で、おすすめは「Weather」。
大友が天気に異常にくわしくなったのは、学生時代からの友人・清水が多重恋愛関係同時進行男だったからである。彼が連れているGFに、たとえば「この間、一緒にあのカフェに行ったんだってね」と言うと、相手の顔面がこわばる。まずい、別なひとだったか。あわてて出した別のどんな話題も、清水に小刻みに首を振らせ、「いったい誰の話よ!」と女性の激怒をまねく結果に。というわけで、大友は怖くて天気のことしか話せなくなったのである!ザ・当たり障りのない会話。無難中の無難。
そんな清水が結婚するという。「明香里と出会い、性格を入れ替えた」と豪語してるのだ。で、この女性と大友にはある事情があり、彼は「清水の言動を挙式まで観察」を彼女から命じられる。夫になる人の過去はまあ知っている。でもココロを正したはずの彼に隠し事をしている気配。よもや、切れてない女とか?!
で、とくになにもないまま迎えた当日、式の会場は、清水が一人で見つけてきたというレストランだった。でも、なんかへんだ。いまさらだが大友は気が気でなくなる。そして、セレモニーのラストで――。
伊坂幸太郎さんの小説に、私はよく声を立てて笑う。と同時に、泣かされる。なんでもない場面や、とくに感動的ではないせりふが、心のもっともやわらかい部分に刺さるのだ。「Weather」では、「うちは揃っています」という清水の言葉。
「彼にこんな一面もあった」ではないの。普遍的な人間の真っ当さ。清水の生きてる全身に全力でYES,と言ってあげたくなるこみあげ。
名言とは違うから、物語から切り離しては意味をなさない。逆にいうと、私の考えでは、「Weather」は「うちは揃っています」を光り輝く一言にするために46ページを費やし、書かれたのである!
本書の宣伝に「頑張ればどうにかなる”パズル”と頑張ってもどうにもならない”天気”」という伊坂さんの言葉があった。相反する性質みたいだけど、共通するのは祈りだと思う。
気ばり・ねばり・踏んばりが有効なものには旗ふりや拍手や声援。おてんと様だのみの場合はてるてる坊主や下駄飛ばし(令和のみなさん、わかります?!)。
どうにかなるから、あるいはどうにもならないから、人は必死によい未来を思い願う。伊坂作品を読むとへとへとになるのは、ラストに祝福あれ、と念じながら物語と並走するからだ。

代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室 道 子
【プロフィール】
ラジオ、TVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『Precious』に連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『蒼ざめた馬』(アガサ・クリスティー/ハヤカワクリスティー文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫) 、『プルースト効果の実験と結果』(佐々木愛/文春文庫)などがある。