【第324回】間室道子の本棚 『密やかな炎』セレステ・イング 井上里訳/早川書房
「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
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『密やかな炎』
セレステ・イング 井上里訳/早川書房
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いいなあと思ったのは話がさっさと進むところ。
「火をつけたのは誰か、なぜか」という帯の太字と表紙の画から、豪邸が燃える話なんだな、とわかるが、一ページ目でもう火事は起き、煉瓦部分と屋根と梁を残して焼けた。それをこのリチャードソン家の長女十八歳、長男十七歳、次男十六歳とお母さんがなすすべもなく見ている。お父さんは会社から駆け付け中だ。
で、一人たりない。この家にはさらに十五歳のイジーという娘がいて(四きょうだいは年子である)行方不明中。だが誰も心配していない。彼女は一家の厄介者で、消火のあと消防士たちが放火と断定したこの大惨事を、あの子がやって逃げたんだろう、と皆思っているのだ。
でも、”戻ってきたらママに殺される”とか”死ぬまで刑務所行き”とか悪口言いまくりの姉と兄に、日ごろから妹に同情的だった次男が、「なんでイジーが見つかるって信じてるの?」と言う。そう、ほんとその子のしわざなの?逃亡と見なされてるけどじつは彼女、もう死んでるんじゃ・・・、と思う推理好きも多いだろう。私です、ええ!
ここまでで十四ページ。火事のもろもろのほか、ミラベル・マカルー、メイ・リン・チョウ、ミアとパールなどの名前もざっと出てくる。本書はこれらの人物が複雑にからみあい、屋敷に火が放たれるまでになにが、があらわになっていく家族ミステリーである。
主要な家は二つ。まずは母ミアと十六歳のパール、ふたりきりのウォレン家。彼女はシングルマザーのアーティストで、あちこち放浪していた。でも繰り返される転校、友達のいない生活って、娘のためにもうよくない、と気づき、ずっとここで暮らす、と宣言。それが舞台となる町、シェイカー・ハイツだ。
もうひとつの主軸は、十一カ月後に燃える運命にあるリチャードソン家。これに、引っ越して来たてのパールが夢中になる。まあ恋の話もあるんだけど、彼女にとって未知なる「大勢の家族」「定住」「金持ち」の世界。彼らはリベラルで、自分をあたたかく迎えてくれた。
一方、リチャードソン家の”黒羊”イジーは、自由で大胆なミアに心奪われる。彼女のおうちこそ、わたしが生まれるべき場所だった、と。
エキセントリックで人を怒らせる天才であるこの子は、お母さんであるリチャードソン夫人に厳しく当たられている。上の三人は妊娠の経過も出産も育ちかたも理想どおりだった。でもイジーはそうじゃない。どうしてこの子だけが、という不安はいら立ちになり、娘のどんな言動にも口を出さずにいられない。でも夫人は単純な上流社会のエゴイスト=「イジーが何かやらかして私および我が家の評判を落としたら」にキーッとなっているわけではない。彼女の奥底には・・・。ラストまで目が離せない。
なかなかのもつれ具合だが、ここに「ミラベル・マカルー」の両親であるマカルー夫妻、「メイ・リン・チョウ」の母親などが加わり、ものすごい展開になっていく。そして著者はほんとにもったいぶらない。
以前もなんどか書いたが、私は「ああ、あの時、あの人がほんとうのことを言っていれば」とか「ああしていたら」でひっぱる物語がキライである。「ぐずぐず」と「はらはら」は違うのよ!
本書にもいんちきや誤解の場面はある。でも展開が早く、読んでいてイライラしない。時代は1990年代の末だけど、人種、政治、ステイタスなどアメリカの「今」をあばく一級の大ねたでもあるので、書き手によっちゃあこの三倍くらい書き込みたいだろう、本をぶ厚くしたいであろう。でも作者はおしげもなく事態をかっ捌き、結末につき進む!
熱く濃く深いストーリー。読み味は爽快。文句なしの快作。
「火をつけたのは誰か、なぜか」という帯の太字と表紙の画から、豪邸が燃える話なんだな、とわかるが、一ページ目でもう火事は起き、煉瓦部分と屋根と梁を残して焼けた。それをこのリチャードソン家の長女十八歳、長男十七歳、次男十六歳とお母さんがなすすべもなく見ている。お父さんは会社から駆け付け中だ。
で、一人たりない。この家にはさらに十五歳のイジーという娘がいて(四きょうだいは年子である)行方不明中。だが誰も心配していない。彼女は一家の厄介者で、消火のあと消防士たちが放火と断定したこの大惨事を、あの子がやって逃げたんだろう、と皆思っているのだ。
でも、”戻ってきたらママに殺される”とか”死ぬまで刑務所行き”とか悪口言いまくりの姉と兄に、日ごろから妹に同情的だった次男が、「なんでイジーが見つかるって信じてるの?」と言う。そう、ほんとその子のしわざなの?逃亡と見なされてるけどじつは彼女、もう死んでるんじゃ・・・、と思う推理好きも多いだろう。私です、ええ!
ここまでで十四ページ。火事のもろもろのほか、ミラベル・マカルー、メイ・リン・チョウ、ミアとパールなどの名前もざっと出てくる。本書はこれらの人物が複雑にからみあい、屋敷に火が放たれるまでになにが、があらわになっていく家族ミステリーである。
主要な家は二つ。まずは母ミアと十六歳のパール、ふたりきりのウォレン家。彼女はシングルマザーのアーティストで、あちこち放浪していた。でも繰り返される転校、友達のいない生活って、娘のためにもうよくない、と気づき、ずっとここで暮らす、と宣言。それが舞台となる町、シェイカー・ハイツだ。
もうひとつの主軸は、十一カ月後に燃える運命にあるリチャードソン家。これに、引っ越して来たてのパールが夢中になる。まあ恋の話もあるんだけど、彼女にとって未知なる「大勢の家族」「定住」「金持ち」の世界。彼らはリベラルで、自分をあたたかく迎えてくれた。
一方、リチャードソン家の”黒羊”イジーは、自由で大胆なミアに心奪われる。彼女のおうちこそ、わたしが生まれるべき場所だった、と。
エキセントリックで人を怒らせる天才であるこの子は、お母さんであるリチャードソン夫人に厳しく当たられている。上の三人は妊娠の経過も出産も育ちかたも理想どおりだった。でもイジーはそうじゃない。どうしてこの子だけが、という不安はいら立ちになり、娘のどんな言動にも口を出さずにいられない。でも夫人は単純な上流社会のエゴイスト=「イジーが何かやらかして私および我が家の評判を落としたら」にキーッとなっているわけではない。彼女の奥底には・・・。ラストまで目が離せない。
なかなかのもつれ具合だが、ここに「ミラベル・マカルー」の両親であるマカルー夫妻、「メイ・リン・チョウ」の母親などが加わり、ものすごい展開になっていく。そして著者はほんとにもったいぶらない。
以前もなんどか書いたが、私は「ああ、あの時、あの人がほんとうのことを言っていれば」とか「ああしていたら」でひっぱる物語がキライである。「ぐずぐず」と「はらはら」は違うのよ!
本書にもいんちきや誤解の場面はある。でも展開が早く、読んでいてイライラしない。時代は1990年代の末だけど、人種、政治、ステイタスなどアメリカの「今」をあばく一級の大ねたでもあるので、書き手によっちゃあこの三倍くらい書き込みたいだろう、本をぶ厚くしたいであろう。でも作者はおしげもなく事態をかっ捌き、結末につき進む!
熱く濃く深いストーリー。読み味は爽快。文句なしの快作。

代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室 道 子
【プロフィール】
ラジオ、TVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『Precious』に連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『蒼ざめた馬』(アガサ・クリスティー/ハヤカワクリスティー文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫) 、『プルースト効果の実験と結果』(佐々木愛/文春文庫)などがある。