【第328回】間室道子の本棚 『ポルターガイストの囚人』上條一輝/東京創元社
「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
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『ポルターガイストの囚人』
上條一輝/東京創元社
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映画宣伝会社の現上司・芦屋晴子のYouTubeチャンネル「あしや超常現象調査」にスカウトされた若手の越野草太。長身でオーラ出まくりの彼女と存在感の薄い彼のデコボココンビが活躍する第二弾、本書のテーマはポルタ―ガイストである。
冒頭に登場するのはまもなく四十歳の落ちぶれた男優だ。子供の頃からなぜか嫌いだった実家。母がおらず父と二人で暮らしで、関係は悪くなかったのに高校を卒業して出て以来、寄りつかなかった場所。無気味な記憶――。そこに東城彰吾が戻ってきたのは、生活に困窮したからだった。父親は先日脳卒中を起こし介護施設にいる。
努力を放棄した俳優人生。事務所の温情や昔の知名度から仕事はもらえているが、あいかわらず積極性も踏ん張りもない。次の仕事は低予算の主演作のプロモーションだ。そんななか、家で怪奇現象が起き始める。何かが倒れる、落ちる。階段を一段一段、降りてきたあれ・・・。恐怖と不眠で目の下のクマがすごい。東城は「ホラー系のYouTube」のことを聞きつけ、映画の宣伝担当の越野に調査を頼むが・・・。
今回も晴子と越野のコンビは即物的に対処する。ポルタ―ガイスト=物が動くのなら、動かないようにすればいい。たとえばキャスターつきのものは車輪を外す。すばらしい!しかし、怪異からの逆襲めいたことが起きる。
やがて、異常現象の側には「意図」があることがわかってくる。なんというか、「条件をそろえようとしている」のだ。このへん、著者の上條一輝さんの面目躍如!
そして今回面白いなあと思ったのは、「霊にまさるもの」だ。たいていのホラーサスペンスで人々が超常現象に挑むとき持ちだされるのは、「愛する者を守りたい」とか「この世の平和のために」とかの立派な気持ち、精神力、こころざしだ。でも本書でまず出てくるのは、生身の人体。「部屋で急激に寒気が」は怪異の側が室温を下げたのではなく、われわれの血液と筋肉の話、というこれまた即物的な考えが披露され、「闘争か逃走か」という名言(?)もでてくる。
さらに圧倒的恐怖に対抗としてぶつけられるのが、人間の「過去の赤っ恥」や「現在の気まずさ」。ただでさえ非力なわれわれのさらなるなさけなさが、ドラマを揺らす!
そう、人智を超えたものをはじめ、なにかとたたかう時、わたしたちは立派にならなくていいのだ。成長って、上をめざすのではなく、見つめるのは自分の立脚点。ラストの越野がそれを体現している。これでもかという恐怖でいっぱいでありながら、作者・上條さんの人生の見つめ方が確か。
そして本書では、東京名所の一つがいい味を出している。「墓標」という言葉が出てくるけれど、わたしにはあの質感と色が、人間のXXそのものに見える(ねたばれにならぬよう伏字)。
とにかく今まで読んだことのないホラーです。未読の方は第一弾の『深淵のテレパス』もぜひぜひぜひ。
冒頭に登場するのはまもなく四十歳の落ちぶれた男優だ。子供の頃からなぜか嫌いだった実家。母がおらず父と二人で暮らしで、関係は悪くなかったのに高校を卒業して出て以来、寄りつかなかった場所。無気味な記憶――。そこに東城彰吾が戻ってきたのは、生活に困窮したからだった。父親は先日脳卒中を起こし介護施設にいる。
努力を放棄した俳優人生。事務所の温情や昔の知名度から仕事はもらえているが、あいかわらず積極性も踏ん張りもない。次の仕事は低予算の主演作のプロモーションだ。そんななか、家で怪奇現象が起き始める。何かが倒れる、落ちる。階段を一段一段、降りてきたあれ・・・。恐怖と不眠で目の下のクマがすごい。東城は「ホラー系のYouTube」のことを聞きつけ、映画の宣伝担当の越野に調査を頼むが・・・。
今回も晴子と越野のコンビは即物的に対処する。ポルタ―ガイスト=物が動くのなら、動かないようにすればいい。たとえばキャスターつきのものは車輪を外す。すばらしい!しかし、怪異からの逆襲めいたことが起きる。
やがて、異常現象の側には「意図」があることがわかってくる。なんというか、「条件をそろえようとしている」のだ。このへん、著者の上條一輝さんの面目躍如!
そして今回面白いなあと思ったのは、「霊にまさるもの」だ。たいていのホラーサスペンスで人々が超常現象に挑むとき持ちだされるのは、「愛する者を守りたい」とか「この世の平和のために」とかの立派な気持ち、精神力、こころざしだ。でも本書でまず出てくるのは、生身の人体。「部屋で急激に寒気が」は怪異の側が室温を下げたのではなく、われわれの血液と筋肉の話、というこれまた即物的な考えが披露され、「闘争か逃走か」という名言(?)もでてくる。
さらに圧倒的恐怖に対抗としてぶつけられるのが、人間の「過去の赤っ恥」や「現在の気まずさ」。ただでさえ非力なわれわれのさらなるなさけなさが、ドラマを揺らす!
そう、人智を超えたものをはじめ、なにかとたたかう時、わたしたちは立派にならなくていいのだ。成長って、上をめざすのではなく、見つめるのは自分の立脚点。ラストの越野がそれを体現している。これでもかという恐怖でいっぱいでありながら、作者・上條さんの人生の見つめ方が確か。
そして本書では、東京名所の一つがいい味を出している。「墓標」という言葉が出てくるけれど、わたしにはあの質感と色が、人間のXXそのものに見える(ねたばれにならぬよう伏字)。
とにかく今まで読んだことのないホラーです。未読の方は第一弾の『深淵のテレパス』もぜひぜひぜひ。

代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室 道 子
【プロフィール】
ラジオ、TVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『Precious』に連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『蒼ざめた馬』(アガサ・クリスティー/ハヤカワクリスティー文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫) 、『プルースト効果の実験と結果』(佐々木愛/文春文庫)などがある。
