【第329回】間室道子の本棚 『アフターブルー』朝宮夕/講談社

「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
 
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『アフターブルー』
朝宮夕/講談社
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納棺師というと、真っ白な装束を広げ、伸ばし、包み、といった一連の美しい所作で死者の身支度をする映画のシーンを思い浮かべる方も多いだろう。それは本書でいうと「一課」の仕事。作品の舞台は「二課」で、高所からの飛び降り、列車による轢死、孤独死で死後十日経過しているなど、損傷の激しい遺体の修復をおこなう部署である。

同じ納棺師ながら、対峙するのは縦二つに割れた顔、かき集めて腹部のあたりに置かれる内臓、「凍死はきれいな状態を保ったまま死ねる」を信じた自殺死体の現状etc。著者の朝宮さんはこれらをさっと書く。「さあ、これがリアルですよ!」と見せつけてくる感じはない。医者とか解剖学者のような、硬質のまなざしがそこにはある。

だってみなさん、自分が手術中のとき執刀医に”わたしの血まみれの臓器、きもちわるくないのかしら”とは思わないだろう。事件性があり解決の手がかりを探す解剖医に”俺の焼死体、よくさわれるもんだな”と死んだあなたは考えないだろう。

閑話休題、「知らない世界が目の前にあって、でも決して他人事ではない」――本書はわれわれの人生の最後の最後に寄り添ってくれる存在を描く圧巻の作品だ。

ご遺体の立てる音、皮膚の色など、息を呑むエピソードがあるからこそ、目の前にいるのは少し前まで生きていた人だ、という納棺師たちと著者自身の敬意が読み取れる。さらにお仕事小説によくある、”特殊な職業の世界を眺める・学ぶ”を超えて、登場人物たち降りかかるさまざまが自分の問題として響くのが読みどころ。

たとえば、ある姿の故人が運ばれてきた。疎遠になっていた家族は駆けつけて激怒し、自分たちの言うとおりの見た目にしてほしいと言ってきた。でも亡きその人はこれを選び、生きてきたのだ。ご遺体の望みと遺族の依頼、どちらを優先するか。わたしが納棺師なら、と今もこの場面を思い出すたび、揺さぶられる。

そして二課の人々が再生するのは死者の顔や身体だけではない、遺された人たち、そして自分自身。章ごとにスポットのあたる人物が、なぜこの職業についたのか。かつてなにがあり、いま何を抱えているのか。エピソードが、驚きながらも自然に読み進められた。ありきたりではなく、かといって取ってつけたような劇的さも押し出されない。「ああ、そんなことが」がフレッシュに沁みてくる。

デリケートな世界を力強く描く、第19回小説現代長編新人賞受賞作。
 
 
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代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室  道 子
 
【プロフィール】
ラジオ、TVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『Precious』に連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『蒼ざめた馬』(アガサ・クリスティー/ハヤカワクリスティー文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫) 、『プルースト効果の実験と結果』(佐々木愛/文春文庫)などがある。

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