【第330回】間室道子の本棚 『一次元の挿し木』松下龍之介/宝島社文庫
「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
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『一次元の挿し木』
松下龍之介/宝島社文庫
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書店員をやっていると、ノーマークの本がいつのまにか減っていることがある。あら、そうなの?と追加してもまたすぐ売れる。これが「どこかでバズっている」というやつだろうか。でもそれには期間がある。「バズらせた人のことが好きで情報をキャッチした人」が一定数になれば売れは止まるのだ。でもなお反響が続くものがある。「インフルエンサーの人気」を超え、「本の力」をがんがん感じる瞬間。そんな一冊が『一次元の挿し木』であった。
読んでみると、おお、大ねた!まず舞台は二十四年前。インドのヒマラヤ山中にある湖周辺からすごい数の人骨が発見された。
地中海、南アジアなどルーツはさまざまで死亡時期も七世紀~十九世紀とばらばら。ほとんどが流木のように朽ちている。そんななか、東アジア人が多い二百年前の一帯に、長年氷雪下にあって劣化のすくない白骨があった。日本とインド、合同調査隊の「決まりね」「一度うちの研究所で検査したあと、あんたらのところに届けよう」「呪い」「心配するなよ。俺たちのおこなっていることは、人類の発展に重要」という言葉――。
次の章は現在だ。ある葬式と、いまさらであるが「骨を送った」というインドからのメールがでてくる。そこに九年前の、男子高校生・七瀬悠(はるか)と美しい義理の妹・紫陽(しはる)の会話もさしはさまれ、今この娘が行方不明であること、悠は大学院生になって遺伝子研究の道に進んでいること、彼の精神が不安定なことも明かされる。で、ヒマラヤの二百年前の人骨と、いなくなった妹のDNAが――。
大ねたに引っ張られつつ物語はどんどん進む。「七瀬悠/現在」、「アモール・ナデラ/某日」(この人はインド側の研究者)、「平間孝之/現在」(ゴシップ記者)など、時間と目線がさっ、さっ、と変わるが混乱しない。書き手の腕のよさにシビれる。新人作家の、しかも科学をベースにしたミステリーではあまり書かれない「義母に対する妻の憤懣やるかたない気持ち」がでてくるのもすばらしい!
そして、物語のなかばで、大ねたをしのぐ「うっそー!」な展開があり、わたしたまげましたわ。
ベースラインにはさまざまな「四つのねじれ」が敷かれている。たとえば「科学と信心と二百年前と未来」、「熱意と傲慢と唯一無二と同じものをもう一度」。
対立してるならマシなのだ。一方の側の歪みともう一方の欲望。ヤバい組み合わせが同じ方を向いたら――。
そしてもうひとつ、「美しさと変容と願いと運命」。これらはどうねじれても、悲しい。
いろんなことをくらった一冊。いやはや、まいりました。おすすめ!
読んでみると、おお、大ねた!まず舞台は二十四年前。インドのヒマラヤ山中にある湖周辺からすごい数の人骨が発見された。
地中海、南アジアなどルーツはさまざまで死亡時期も七世紀~十九世紀とばらばら。ほとんどが流木のように朽ちている。そんななか、東アジア人が多い二百年前の一帯に、長年氷雪下にあって劣化のすくない白骨があった。日本とインド、合同調査隊の「決まりね」「一度うちの研究所で検査したあと、あんたらのところに届けよう」「呪い」「心配するなよ。俺たちのおこなっていることは、人類の発展に重要」という言葉――。
次の章は現在だ。ある葬式と、いまさらであるが「骨を送った」というインドからのメールがでてくる。そこに九年前の、男子高校生・七瀬悠(はるか)と美しい義理の妹・紫陽(しはる)の会話もさしはさまれ、今この娘が行方不明であること、悠は大学院生になって遺伝子研究の道に進んでいること、彼の精神が不安定なことも明かされる。で、ヒマラヤの二百年前の人骨と、いなくなった妹のDNAが――。
大ねたに引っ張られつつ物語はどんどん進む。「七瀬悠/現在」、「アモール・ナデラ/某日」(この人はインド側の研究者)、「平間孝之/現在」(ゴシップ記者)など、時間と目線がさっ、さっ、と変わるが混乱しない。書き手の腕のよさにシビれる。新人作家の、しかも科学をベースにしたミステリーではあまり書かれない「義母に対する妻の憤懣やるかたない気持ち」がでてくるのもすばらしい!
そして、物語のなかばで、大ねたをしのぐ「うっそー!」な展開があり、わたしたまげましたわ。
ベースラインにはさまざまな「四つのねじれ」が敷かれている。たとえば「科学と信心と二百年前と未来」、「熱意と傲慢と唯一無二と同じものをもう一度」。
対立してるならマシなのだ。一方の側の歪みともう一方の欲望。ヤバい組み合わせが同じ方を向いたら――。
そしてもうひとつ、「美しさと変容と願いと運命」。これらはどうねじれても、悲しい。
いろんなことをくらった一冊。いやはや、まいりました。おすすめ!

代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室 道 子
【プロフィール】
ラジオ、TVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『Precious』に連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『蒼ざめた馬』(アガサ・クリスティー/ハヤカワクリスティー文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫) 、『プルースト効果の実験と結果』(佐々木愛/文春文庫)などがある。
