【第332回】間室道子の本棚 『#東京アパート』吉田篤弘/角川春樹事務所

「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
 
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『#東京アパート』
吉田篤弘/角川春樹事務所
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無名の人々が同じような暮らしをしているんだろう、と思えるアパートの一室に灯りが点くと、スポットライトを浴びたように独特な生活が見て取れる――本書はそんな短編集で、思わぬ交流や交差が読みどころ。おすすめは「あの海が見えたとき」。

登場するのは六十代の姉妹。彼女たちは、祖母、母、そして自分たち、と引き継いできたアパートを経営しながらその一部屋で二人暮らしをしており、今のうちにあの世で住むアパートを決めよう、とチラシにあった「お墓の見学ツアー」に行く。

電車で七十二分、そのあとバスで三十分。高台にあるというそこは海辺に近く、墓地から海が見えるかもしれない。お参りに来てくれた人が、ピクニック気分になれるところ。

盛り上がった姉妹は当日早起きしてあるものこしらえる。母直伝。出来あいのものは甘すぎ。うちのは辛子をつけてたべる。丸くて大きい。なんと十個もつくってしまった。それを全部持ち、参加したツアーで、二人はある人たちと出会い・・・。

面白いなあ、と思ったのは、生きてるうちはこの日が最初で最後であっても、姉妹と彼らがここを買えば、「あの世でのおとなりさん」になる、という考え。そして年配姉妹はいわば人生の始末としてお墓購入を思っていたんだけど、出会った彼らには別のまなざしが、という著者・吉田篤弘さんのあかるさ。

ほかに、自室に予期せぬ存在があらわれた男の右往左往あり(注:幽霊ではありません。澄んだ声をしています)、けがをした隣室の女性に絆創膏をあげたらお返しにもらった意外すぎるものあり、ある部屋から足音が聞き取れる「走る女」あり、古びた野暮ったい建物の隣にできた超ド級の、というお話あり。

どの人々も時間、空間を超え、「アパート」で誰かとつながり合う。”超ド級”でさえ、主人公はそっちではなく、今や住人が二人しかいなくなったおんぼろのほうである!

そう、登場人物はいるが、主人公は各話に登場するアパートとも言える。そしてそこからさらに見えるのが、「東京」という存在だ。

あらゆる人の居場所であり誰の場所でもない。入るのも出ていくのも自由。そして苦い挫折にしろ甘美な成功にしろ、ここでの日々には独特のきらめきがある。

さらにユニークなのは、逆からもあり、ということ。名もなき人々、その小さな生活空間を経て、東京という一大都市が見える。その世界有数の首都から平凡なアパートを通じて、個人のかけがえのない生き方が沁み入る。そんな21の物語。
 
 
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代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室  道 子
 
【プロフィール】
ラジオ、TVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『Precious』に連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『蒼ざめた馬』(アガサ・クリスティー/ハヤカワクリスティー文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫) 、『プルースト効果の実験と結果』(佐々木愛/文春文庫)などがある。

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