【第333回】間室道子の本棚 『相続ゲーム エイブリーと億万長者の謎の遺言』ジェニファー・リン・バーンズ 代田亜香子訳/日之出出版
「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
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『相続ゲーム エイブリーと億万長者の謎の遺言』
ジェニファー・リン・バーンズ 代田亜香子訳/日之出出版
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「”女子高生がとつぜん大富豪の遺産相続人に!”なんて、子供向けのお話だわねえ」とお思いでしょう。しかし、これはシビアな現実に彩られた、大人が読むべきミステリーでもあるのだ。
まず、桁が違う。お話によくある「夢のような相続」の相場がいくらかわからないが、78歳で亡くなったテキサスの大金持ちは、遺言状に「義理の母に毎年10万ドルの年金」「娘二人には私が死亡した時彼女らが抱えている借金を完済してやりそのあと1回限りで5万ドル」など書いたあと、残りすべてをコネチカットにいる17歳の女の子に譲渡、とした。
住んでいるのはおんぼろ自動車のなか。とにかく早く奨学金を手にして大学に行きたい。そのためには目立たないのがいちばん。自らを「壁紙」「透明人間」と位置付けていたこの子は、462億ドル、日本円で6兆ぐらいを相続する。
面白いのは、なんでこんなことになったのか、彼女にさっぱりわからないこと。「まあ、あの以前親切にしてあげたご老人がお金持ちだったの?!」てな話ではないのだ。少女はこの人の名前を知らず顔の記憶もない。また、早い段階でわかるしそんな単純なオチではないので書いてしまうが、隠し子とか隠し孫でもない。
億万長者ぶりは物語のあちこちに出てくる。私が気に入っているのはホテルの場面だ。テキサス初日の夜、女子高生は手ごろな宿をお願いするのだが、お世話係として登場した若い女性弁護士が手配したのは超高級ホテル。こんなところには泊まれません、と言うと、弁護士はあることを言い放つ。
閑話休題、舞台は財団運営と寄付文化が根付いたセレブ社会。そこにかかわり、毎年1億ドル=148億円を動かすことになる少女は多くを学ばねばならない。たとえば彼女には、あの人にいくらか、と気にかけている存在がいるが、ある人物から”個人に金を与えることはほとんど意味がない”と諭される。少女は、自分は「誰か」ではなく「世界」に責任があるのだ、と思い知る。
そして押し寄せるパパラッチ。脅迫、誘拐の危険もある。今後は一生ボディガードつきの生活だ。本書は、アメリカで巨富を持つとはどういうことなのかを教えてくれる、バリバリの社会派なのである。
もちろんエンタメ作品としての面白さもばつぐん。大富豪には四人の孫がおり、全員男の子で、彼女と同じくらいの年齢。性格はぜんぜん違うが皆ハンサムでおそろしく頭がいい。なぜなら、毎週土曜日におじいさんが彼らを集めて謎かけやらパズルやらを出し、競わせていたからだ。
というわけで、孫たちは自分たちの家の財産をほぼ全額手にした女の子に嫌がらせはしない。代わりに仕掛けるのはゲームだ。たとえば鍵の問題。
正面玄関の外にいる彼女に、家の中からイケメンのひとりが封筒をよこす。中には百本近くの鍵。デザインも大きさも素材も違うアンティーク。法律上の義務として鍵は渡さねばならない。だが「正しい1本だけを」という決まりはどこにもないのだ!
だがこの娘には数学の才能があり、チェスが得意だった。彼女は正解を見つける。かつての四人の誰よりも早く。そう、このゲームは以前老人が孫たちに・・・。
女子高生自身、そして亡き富豪の家族たちの人間関係の複雑さが絶妙で飽きない。作者はヤングアダルト小説をいくつも書いて来たアメリカのベストセラー作家だそうだが、よくもまあ次から次へとこんなことを、と舌を巻く。文章、セリフもいい。
「ホーソーンハウスでは、すべてに意味がある」
「おじいちゃんは君に財産を遺した。で、ぼくたちに遺したのは君」
「ゲームのはじめに、じいさんはいろんなアイテムを並べるんだ。釣り針、値札、ガラスのバレリーナ、ナイフ」
「君はガラスのバレリーナ、またはナイフだ」
「わたしは勝ちたい」
“ジェットコースター・ミステリー”のお手本のような快作。三部作だそうで、第二弾がまちどおしい!
まず、桁が違う。お話によくある「夢のような相続」の相場がいくらかわからないが、78歳で亡くなったテキサスの大金持ちは、遺言状に「義理の母に毎年10万ドルの年金」「娘二人には私が死亡した時彼女らが抱えている借金を完済してやりそのあと1回限りで5万ドル」など書いたあと、残りすべてをコネチカットにいる17歳の女の子に譲渡、とした。
住んでいるのはおんぼろ自動車のなか。とにかく早く奨学金を手にして大学に行きたい。そのためには目立たないのがいちばん。自らを「壁紙」「透明人間」と位置付けていたこの子は、462億ドル、日本円で6兆ぐらいを相続する。
面白いのは、なんでこんなことになったのか、彼女にさっぱりわからないこと。「まあ、あの以前親切にしてあげたご老人がお金持ちだったの?!」てな話ではないのだ。少女はこの人の名前を知らず顔の記憶もない。また、早い段階でわかるしそんな単純なオチではないので書いてしまうが、隠し子とか隠し孫でもない。
億万長者ぶりは物語のあちこちに出てくる。私が気に入っているのはホテルの場面だ。テキサス初日の夜、女子高生は手ごろな宿をお願いするのだが、お世話係として登場した若い女性弁護士が手配したのは超高級ホテル。こんなところには泊まれません、と言うと、弁護士はあることを言い放つ。
閑話休題、舞台は財団運営と寄付文化が根付いたセレブ社会。そこにかかわり、毎年1億ドル=148億円を動かすことになる少女は多くを学ばねばならない。たとえば彼女には、あの人にいくらか、と気にかけている存在がいるが、ある人物から”個人に金を与えることはほとんど意味がない”と諭される。少女は、自分は「誰か」ではなく「世界」に責任があるのだ、と思い知る。
そして押し寄せるパパラッチ。脅迫、誘拐の危険もある。今後は一生ボディガードつきの生活だ。本書は、アメリカで巨富を持つとはどういうことなのかを教えてくれる、バリバリの社会派なのである。
もちろんエンタメ作品としての面白さもばつぐん。大富豪には四人の孫がおり、全員男の子で、彼女と同じくらいの年齢。性格はぜんぜん違うが皆ハンサムでおそろしく頭がいい。なぜなら、毎週土曜日におじいさんが彼らを集めて謎かけやらパズルやらを出し、競わせていたからだ。
というわけで、孫たちは自分たちの家の財産をほぼ全額手にした女の子に嫌がらせはしない。代わりに仕掛けるのはゲームだ。たとえば鍵の問題。
正面玄関の外にいる彼女に、家の中からイケメンのひとりが封筒をよこす。中には百本近くの鍵。デザインも大きさも素材も違うアンティーク。法律上の義務として鍵は渡さねばならない。だが「正しい1本だけを」という決まりはどこにもないのだ!
だがこの娘には数学の才能があり、チェスが得意だった。彼女は正解を見つける。かつての四人の誰よりも早く。そう、このゲームは以前老人が孫たちに・・・。
女子高生自身、そして亡き富豪の家族たちの人間関係の複雑さが絶妙で飽きない。作者はヤングアダルト小説をいくつも書いて来たアメリカのベストセラー作家だそうだが、よくもまあ次から次へとこんなことを、と舌を巻く。文章、セリフもいい。
「ホーソーンハウスでは、すべてに意味がある」
「おじいちゃんは君に財産を遺した。で、ぼくたちに遺したのは君」
「ゲームのはじめに、じいさんはいろんなアイテムを並べるんだ。釣り針、値札、ガラスのバレリーナ、ナイフ」
「君はガラスのバレリーナ、またはナイフだ」
「わたしは勝ちたい」
“ジェットコースター・ミステリー”のお手本のような快作。三部作だそうで、第二弾がまちどおしい!

代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室 道 子
【プロフィール】
ラジオ、TVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『Precious』に連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『蒼ざめた馬』(アガサ・クリスティー/ハヤカワクリスティー文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫) 、『プルースト効果の実験と結果』(佐々木愛/文春文庫)などがある。
