【第334回】間室道子の本棚 『私立探偵マニー・ムーン』リチャード・デミング 田口俊樹訳/新潮文庫
「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
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『私立探偵マニー・ムーン』
リチャード・デミング 田口俊樹訳/新潮文庫
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帯に「こんな探偵、見たことない!」とあるが、今から80年くらい前はこんなのばっかりだったのである。
“こんなの”って言ってすみません。でも1940~50年代のアメリカのパルプマガジン(安い紙に刷った大衆小説誌)は、こういう作品であふれていた。腕っぷしが強く、へらず口を叩きながら汚れた町を行く私立探偵たち。で、「あふれてた」と言いつつこのマニー・ムーンが稀有なのは、悲愴感ただようオトコの生きざまだの孤独な人生哲学だのの雰囲気があんまりないこと。
まずマニーは高額な報酬を求める。しかも現金第一主義。かのフィリップ・マーロウが、金を持ってこないと動かないよ、などと言ったであろうか。リュウ・アーチャーが、小切手だめ、現ナマでね!、などとのたもうたであろうか。
また、マニーは片足の探偵である。で、通常の場合、弱点をどう乗り越えるかがドラマチックな要素となる。しかし本書では、彼の義足は積極的な武器、強味なのである!20世紀半ばの人工義肢にこんな性能はないよ、という方、それは無粋。マニーはヨーロッパに平和をもたらすために右脚を捧げた。本書で励まされた第二次世界大戦の帰還兵は少なからずいたはず。夢でもファンタジーでもいいの。読んだ誰かが生きる気持ちを強くすれば。それが小説。
さらに外見。マニーは若い頃にメリケンサック(令和のみなさん、わかります?)で殴られて、片方の瞼が垂れ下がり、鼻も曲がってしまった。涙もろいご婦人に言わせると「虐待されたセントバーナードみたい」。犬のたとえが続くが、性格は「ブルドック並みのしつこさがある」。悪役に言わせると「それは頭が切れるより危険」。というわけで、マニーは各話でぼこぼこにされる。でも不屈。だってきれいな女の人がいるんだもん。
そう、パルプマガジンのヒーローたちにはいい女がなぜかいっぱい向こうから寄ってくる。そこをクールにふるまうのがタフガイ。しかしマニーはでれでれする。
殺人容疑で留置所に入れられた女性に、「きみが男だったら、いや、女でもきれいな女じゃなかったら、狼の群れの中に放り込むところだ」と言ったり、「きみみたいに美しい脚をした人が殺人を犯すなんて(中略)もうちょっと調べてみるよ」と約束したりする。きゃー、コンプラ違反?セクハラ!?
でも、令和の今書かれるなら別なアプローチがなされるだろうけどあの時代ってこんなもん。ハードボイルドは様式美。歌舞伎の「連獅子」に、”ギャクタイだ!”、「曽根崎心中」に“命を大切にね!”と言ってもしょうがなく、確立完成した美学を楽しむ。それが古典文化。本書についても、”女性に対して顔とか脚とかユルせない!”な人は遠ざかればいい。いまさらの取り締まりは野暮。繰り返すが、これは小説、エンターテインメントなんだから。
閑話休題、最大の特徴はハードボイルドでありながら拳銃ぶっ放してオワリとか拳の一撃で解決ではないところ。マニーは本格推理の名探偵=エラリー・クイーンとかエルキュール・ポアロみたく、ラストに関係者を全員集めて謎解きをするのである。ううむ、やっぱり、こんな探偵、見たことない!おすすめ。
“こんなの”って言ってすみません。でも1940~50年代のアメリカのパルプマガジン(安い紙に刷った大衆小説誌)は、こういう作品であふれていた。腕っぷしが強く、へらず口を叩きながら汚れた町を行く私立探偵たち。で、「あふれてた」と言いつつこのマニー・ムーンが稀有なのは、悲愴感ただようオトコの生きざまだの孤独な人生哲学だのの雰囲気があんまりないこと。
まずマニーは高額な報酬を求める。しかも現金第一主義。かのフィリップ・マーロウが、金を持ってこないと動かないよ、などと言ったであろうか。リュウ・アーチャーが、小切手だめ、現ナマでね!、などとのたもうたであろうか。
また、マニーは片足の探偵である。で、通常の場合、弱点をどう乗り越えるかがドラマチックな要素となる。しかし本書では、彼の義足は積極的な武器、強味なのである!20世紀半ばの人工義肢にこんな性能はないよ、という方、それは無粋。マニーはヨーロッパに平和をもたらすために右脚を捧げた。本書で励まされた第二次世界大戦の帰還兵は少なからずいたはず。夢でもファンタジーでもいいの。読んだ誰かが生きる気持ちを強くすれば。それが小説。
さらに外見。マニーは若い頃にメリケンサック(令和のみなさん、わかります?)で殴られて、片方の瞼が垂れ下がり、鼻も曲がってしまった。涙もろいご婦人に言わせると「虐待されたセントバーナードみたい」。犬のたとえが続くが、性格は「ブルドック並みのしつこさがある」。悪役に言わせると「それは頭が切れるより危険」。というわけで、マニーは各話でぼこぼこにされる。でも不屈。だってきれいな女の人がいるんだもん。
そう、パルプマガジンのヒーローたちにはいい女がなぜかいっぱい向こうから寄ってくる。そこをクールにふるまうのがタフガイ。しかしマニーはでれでれする。
殺人容疑で留置所に入れられた女性に、「きみが男だったら、いや、女でもきれいな女じゃなかったら、狼の群れの中に放り込むところだ」と言ったり、「きみみたいに美しい脚をした人が殺人を犯すなんて(中略)もうちょっと調べてみるよ」と約束したりする。きゃー、コンプラ違反?セクハラ!?
でも、令和の今書かれるなら別なアプローチがなされるだろうけどあの時代ってこんなもん。ハードボイルドは様式美。歌舞伎の「連獅子」に、”ギャクタイだ!”、「曽根崎心中」に“命を大切にね!”と言ってもしょうがなく、確立完成した美学を楽しむ。それが古典文化。本書についても、”女性に対して顔とか脚とかユルせない!”な人は遠ざかればいい。いまさらの取り締まりは野暮。繰り返すが、これは小説、エンターテインメントなんだから。
閑話休題、最大の特徴はハードボイルドでありながら拳銃ぶっ放してオワリとか拳の一撃で解決ではないところ。マニーは本格推理の名探偵=エラリー・クイーンとかエルキュール・ポアロみたく、ラストに関係者を全員集めて謎解きをするのである。ううむ、やっぱり、こんな探偵、見たことない!おすすめ。

代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室 道 子
【プロフィール】
ラジオ、TVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『Precious』に連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『蒼ざめた馬』(アガサ・クリスティー/ハヤカワクリスティー文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫) 、『プルースト効果の実験と結果』(佐々木愛/文春文庫)などがある。
