【第335回】間室道子の本棚 『酒亭(しゅてい)DARKNESS』恩田陸/文藝春秋
「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
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『酒亭(しゅてい)DARKNESS』
恩田陸/文藝春秋
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帯で笑ってしまった。この欄319回で紹介した『珈琲怪談』の文言は、「なんか、怖い話ないか?」。本書のは、「もっと、怖い話ないか?」。
二番せんじ?出版社を超えたコラボ?有無を言わせぬ併売狙い!?こういうとこ、恩田作品ってチャーミングなのよねえ。
閑話休題、『珈琲怪談』は中年男四人が老舗の喫茶店で奇妙な体験を披露しあうお話、本作『酒亭DARKNESS』は酒場紀行ふうというか、恩田さんが自ら全国を飲み歩き、ひらめいたホラー集である。
私の考えでは、この本は、書かれているお話以上に恩田さんの世界に向けるまなざしがこわい。あたりまえのものが、あたりまえでなくなるのだ。
たとえば十一話に登場するのは有名名所の真っ白な建築。恩田さんはまず、白は自信と覚悟、と見て取る。ことが起きたら白壁は赤や黒にまみれる。でも主は、われわれはいつだって無敵で無傷、と思っているのだ、だからこその純白、と彼女は考える。
そして、ここは人を殺すための場所である。
もちろんそんなストレートな書き方はしていない。しかし資料とか観光パンフレットとか実物見学の何に、恩田さんが注目したか。
彼女は白い土塀に開いた小さな穴のかたちに目をやる。「狭間(さま)」というそうで、三角や丸がリズミカルに並んでいる。でもおしゃれなデザインなどではない。効率よいチーム交代のための実用。なんの集団かというと――。
日本には真っ白建物に類した建造物がぞろぞろある。でも「あそこは殺人のための場所」と認識させたのは本書十一話がはじめて。こわかった。たてものじゃなく、作家が興味ぶかげに見ている、その目が。
十話には家族愛の場所がでてくる。やはり有名観光地であり、黒と金とブルーの建築の奥に孫のつくった祖父への敬愛の場がある。
だが恩田さんはそれを見やり、おじいちゃんの位置が納得いかない、と思うのである。やがて彼女の視線は慈愛と暗黒、眠りと威嚇、というさまざまなアンビバレントに飛ぶ。そして。
こういう敬いの場は一般家庭にもあり、われわれはそこに石を置く。目印であり、名前や言葉を掘るものである。でも恩田さんの文章を読むうち、あれは蓋なんじゃないか、と思えてきた。愛しているよ、でも出てこないでね、という念押し、とどめのようなもの・・・。
本書はノンフィクションに近いテイストで、ノンアルコールの『珈琲』のほうが幻想的でムーディ、酔いがマストな『酒亭』のほうがソリッド、というのが面白い。ただ、根底に流れる怪異の意志(?)のようなものは同じで、どの話に反応するかで読み手の奥底があらわになりそう。われわれのほうが怪談に選ばれ、試されてる気分。さあ、あなたの今まで生きてきたなにが、この話に反応したの?―
ようこそ、酒亭DARKNESSへ!
二番せんじ?出版社を超えたコラボ?有無を言わせぬ併売狙い!?こういうとこ、恩田作品ってチャーミングなのよねえ。
閑話休題、『珈琲怪談』は中年男四人が老舗の喫茶店で奇妙な体験を披露しあうお話、本作『酒亭DARKNESS』は酒場紀行ふうというか、恩田さんが自ら全国を飲み歩き、ひらめいたホラー集である。
私の考えでは、この本は、書かれているお話以上に恩田さんの世界に向けるまなざしがこわい。あたりまえのものが、あたりまえでなくなるのだ。
たとえば十一話に登場するのは有名名所の真っ白な建築。恩田さんはまず、白は自信と覚悟、と見て取る。ことが起きたら白壁は赤や黒にまみれる。でも主は、われわれはいつだって無敵で無傷、と思っているのだ、だからこその純白、と彼女は考える。
そして、ここは人を殺すための場所である。
もちろんそんなストレートな書き方はしていない。しかし資料とか観光パンフレットとか実物見学の何に、恩田さんが注目したか。
彼女は白い土塀に開いた小さな穴のかたちに目をやる。「狭間(さま)」というそうで、三角や丸がリズミカルに並んでいる。でもおしゃれなデザインなどではない。効率よいチーム交代のための実用。なんの集団かというと――。
日本には真っ白建物に類した建造物がぞろぞろある。でも「あそこは殺人のための場所」と認識させたのは本書十一話がはじめて。こわかった。たてものじゃなく、作家が興味ぶかげに見ている、その目が。
十話には家族愛の場所がでてくる。やはり有名観光地であり、黒と金とブルーの建築の奥に孫のつくった祖父への敬愛の場がある。
だが恩田さんはそれを見やり、おじいちゃんの位置が納得いかない、と思うのである。やがて彼女の視線は慈愛と暗黒、眠りと威嚇、というさまざまなアンビバレントに飛ぶ。そして。
こういう敬いの場は一般家庭にもあり、われわれはそこに石を置く。目印であり、名前や言葉を掘るものである。でも恩田さんの文章を読むうち、あれは蓋なんじゃないか、と思えてきた。愛しているよ、でも出てこないでね、という念押し、とどめのようなもの・・・。
本書はノンフィクションに近いテイストで、ノンアルコールの『珈琲』のほうが幻想的でムーディ、酔いがマストな『酒亭』のほうがソリッド、というのが面白い。ただ、根底に流れる怪異の意志(?)のようなものは同じで、どの話に反応するかで読み手の奥底があらわになりそう。われわれのほうが怪談に選ばれ、試されてる気分。さあ、あなたの今まで生きてきたなにが、この話に反応したの?―
ようこそ、酒亭DARKNESSへ!

代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室 道 子
【プロフィール】
ラジオ、TVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『Precious』に連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『蒼ざめた馬』(アガサ・クリスティー/ハヤカワクリスティー文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫) 、『プルースト効果の実験と結果』(佐々木愛/文春文庫)などがある。
