【第338回】間室道子の本棚 『マスカレード・ライフ』東野圭吾/集英社

「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
 
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『マスカレード・ライフ』
東野圭吾/集英社
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本書は前作のねたばれから始まっているので書いてしまうが、前著『マスカレード・ゲーム』の結末に、まじか!と声をあげた人は多いだろう。いいおうちの出で米国在住の経験があり英語がぺらぺら。もちろん本業敏腕。そんな育ちと能力から高級ホテル「コルテシア東京」を舞台にした犯罪の潜入捜査に幾度となくかかわってきた新田浩介が、なんとラストシーンで警察をやめホテルに就職!

本書はそこから数年後のお話で、彼の現在の肩書は保安課長である。今回館内でおこなわれるのは「日本推理小説新人賞」の選考会だ。

まず私にとっての読みどころは、文学賞選出の進行と人々の思惑だった。最終候補に残った作品の書き手が殺人事件の重要参考人とわかったら、出版社は受賞させたいか否か。どちらにしろ、そこからはじまる出版側と情報をキャッチした警察のあの手この手。ホテル側の困惑と全力対応!

もちろん本作『マスカレード・ライフ』はフィクション、つくりごとである。しかし賞の存在や選考委員あるあるについて、「ネットで見た」「盗み聞き」「ある人物の感想」として、けっこうな毒舌が書かれていて、くーっ! 東野先生、なにか積年の思いが?!

閑話休題、あらためてうなったのは、一流ホテルという場だ。「殺人事件の犯人かもしれない人物がミステリーの賞に応募ですって!」と並行して、私の考えでは東野作品史上もっとも辛く救いようがない三十年前の事件が登場。これら二つの事件の関係者たちがそれぞれひそかにコルテシアにやってくる。想像を絶する胸の内。館内の豪華さにぜんぜんフィットしてない。

でも、じゃあ集結がうらぶれたお宿だったらいいのか、というとそうではないんだ、と気づいた。

マスカレード・シリーズの重要なテーマは「人は仮面をかぶる」である。陰惨な事件の人々も、高級ホテル内では憤怒を剥き出しにしたりやぶれかぶれで行動したりできない。よそゆきの顔で、時を待つ。このワンクッションがいい。そのうえで、身も心もさまよう者あり、やはり感情を爆発させる者あり、いろいろだけど、ホテル・コルシア東京がすべての彼らを見守り、つつんでいる。それは物語のベースラインでの救いではないか。

さらに面白いなあ、と思ったのは、男性上司と女性の部下の関係だ。一つはホテル側。なんでまたうちのホテルが、警視庁のいいなりに、と漏らすクラーク兼コンシェルジュの山岸尚美に総支配人の藤木は、「いいなりになるんじゃない、要望に応えるんだ」と言ったあと、「それはいつも君が――」と一言添える。彼女はハッとする。

もう一つは警察側。渡瀬という管理官は、「賭けに出ない、前例のないことはしない」で出世してきた男だ。でもゴリ押し違法捜査をしなくてはならない局面もある。そういう時彼は部下の梓に命ずる。仮にバレて問題になっても「あの女性警部が独断でやった」とシラを切ることができるからだ!で、ここからがすごい。梓は新田にこのことを話ながら、みじめな顔をするどころか、あることをさらりと言うのである。

どちらの場合も、男性上司が女性部下のプライドをかき立てるのだが、山岸は尊敬する藤木のために今後も渾身の仕事をしていくだろう。梓はそのうち出世街道で渡瀬管理官をぜったいに抜く。その時が見ものだな~。彼女なら、逆恨みを買うことなしに、かつ容赦なく、無能なオジサンとオサラバするだろう。

閑話休題、最後に新田について。お話のなかで複数の登場人物が、彼は警察官として一皮むけたな、と思っている。読者もそうだろう。え、俺はホテルマンですよ!?と彼はガッカリするかもしれぬが、警察は犯罪を見る、ホテルマンは「人」を見る、といったところか。次のマスカレードが待ち遠しい!
 
 
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代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室  道 子
 
【プロフィール】
ラジオ、TVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『Precious』に連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『蒼ざめた馬』(アガサ・クリスティー/ハヤカワクリスティー文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫) 、『プルースト効果の実験と結果』(佐々木愛/文春文庫)などがある。

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