【第344回】間室道子の本棚 『ビッグ・バウンス』エルモア・レナード 高見浩訳/新潮文庫

「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
 
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『ビッグ・バウンス』
エルモア・レナード 高見浩訳/新潮文庫
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E・レナードの文庫新刊、と聞いて、 80年代にミステリー好きを自負していた人はぐっとくるだろう。「その時代に人気だった書き手」以上のものがこの作家にはある。それは、「レナード・タッチ」。作風をあらわすのに当時よく使われていた、ある意味ナゾの言葉。「レナード的感触」。センス?文体?

私の考えるレナード・タッチとは、まず、「クセつよめの監督が好む」。クエンティン・タランティーノが『ラム・パンチ』(映画名『ジャッキー・ブラウン』)を、バリー・ソネンフェルドが『ゲット・ショーティ』を、スティーヴン・ソダーバーグが『アウト・オブ・サイト』を映画化。ほかにもいろいろあり、出来や評判はさまざまだけど、とにかく名うてが「わが手で!」と熱望しがち。

文章やストーリー展開では、「キレッキレ」「意表をつく」「C調」(令和のみなさん、わかります?)があげられるだろう。『フリーキー・ディーキー』(文藝春秋。残念ながら今は入手不可)の帯文は、
「フリーキー・ディーキーって覚えてるかい。10年くらい前に流行った?あのセクシーなダンスのせいで、ずいぶん人が死んだもんだぜ」

『ラブラバ』(早川書房。絶賛販売中)の冒頭には「十九の時から撮り続けて六十年」の写真家のじいさんが出てきて、彼はあと二、三年は、七十九歳でいたい、と思っている。

今回紹介の『ビッグ・バウンス』の書き出しは、
「彼らは16ミリ・エクタクローム・フィルムの実写画面で、ジャック・ライアンがメキシコ人の作業頭カマチョをぶちのめそうとする瞬間を観ていた」

観光地ジェニーヴァ・ビーチの裁判所の地下室。いるのは検事補と保安官捕、そして治安判事のミスター・マジェスティック。顎をバットで強打されたカマチョが自分の雇ったライアンを訴え新聞沙汰にもなった件で、たまたま渡り労働者のドキュメントを撮影していた男が一部始終を撮ってます、とフィルムを持ち込んだのだ。

カマチョはナイフを持っているのでは、といったん停止になる画面。バットを手にスイングするライアンの腰まわり、腕のはりつめ、手首の回転。どう思います?と聞かれたミスター・マジェスティックは、スクリーンのライアンを見ながら、
「あの男は水平打法で打つんだな、しかし、バットを少し後ろに引きすぎる」
と言うのである。

なんというすっとぼけ!そしてクール!これが私の考えるレナード・タッチである。

ミスター・マジェスティックは釈放されたライアンに、自分が経営しているリゾート・ヴィレッジで働かないかと言い、その後もなにかと青年を気にかける。恩を売るとか子分にしたいとか搾取とかではない。「年長者が若者にチャンスをあげるのは当然」という古き良きアメリカンスピリットだと思うの。

ライアンはけっこう危ない。精神の落ち着かなさとバイオレンス。前科もある。でもまともな生活に切りかえることができたら破滅に向かうことはない――逆に言うと、今声をかけないとなんかやばい。ミスター・マジェスティックはこう考えたんじゃないか。

そこにからむ第三の人物。そう、女の子!

ナンシー、十九歳。物騒。アウトローではない。「ローからのドロップアウト」じゃなくて、そもそもローがないかんじ。自分にちょっかいを出してきた者はもちろん、なんの関係もない方面にも悪さをする。というか、悪へのハードルが無。

で、この娘がすごい美人なのよ~。

ライアンとナンシー。「まぜるな危険」みたいな男女が出会っちゃうのがレナード作品。「いい人だから応援する、悪人だからダメ」が通用しない。善玉も悪玉も全員が変だ。読者はナンシーでさえ憎めないだろう。安いルッキズムではない。「きれいなのに異常」「異常なのにきれい」というアンビバレントがぶつかりあって増幅し、彼女を輝かせる。これぞレナード・タッチ!その他大勢でてくる変人たちの無軌道にこちらのローやノーマルがとっぱらわれ、あんぐり口を開けて読み進むしかない。

『ビッグ・バウンス』の帯には「あんた、いったい、何発撃ったんだよ?」とある。誰が誰にどういうシチュエーションでこのせりふを吐くのか。乞うご期待。
 
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代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室  道 子
 
【プロフィール】
ラジオ、TVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『Precious』に連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『蒼ざめた馬』(アガサ・クリスティー/ハヤカワクリスティー文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫) 、『プルースト効果の実験と結果』(佐々木愛/文春文庫)などがある。

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