【第345回】間室道子の本棚 『世界なんて、まだ終わらないというのに』吉田篤弘/春陽文庫

「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
 
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『世界なんて、まだ終わらないというのに』
吉田篤弘/春陽文庫
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これは世にもめずらしい「電球交換士」のお話だ。便利屋さんが守備範囲として頼まれることがあるだろうけど主人公の十文字はこれ専門でやっている。就いて五年か六年か七年、というから二十代後半ぐらいか。言葉や身ぶりに青年ぽさがある。

食べていけるのか、とギモンに思う方もいるでしょう。でも扱う電球に秘密がある。店じゅうの照明を「十文字ランプ」に交換してもらったバーのママは、世界がすっかり変わった気分になった。私の考えでは、室内なのに「晴れ晴れ」というお天気レベルまで心があがったのだ。

また、ある老舗料亭の味を支えているのはこの電球である。長い東品川駅のコンコースで、わかる人には十文字の仕事がわかる。暗い話としては、亡き母の愛用していた読書灯が切れたとき、世界が終わったような気持ちになった、という彼の幼いころの記憶もでてくる。

そんな男の彼の日常の冒険(十文字は誰かに尾行されている。自分に似た男があちこちに出没したりもする)を描くとともに本書は、ふうむとうなり、ははあと笑えるような機知を教えてくれる。

それは、「はかれないもの」だ。

たとえば一生を前半と後半で分けるという考えが、現実世界の住宅ローン、保険会社のCMから会社の定年制までいろんな時に言われるけど、人生百年の今、ちょっきり半分の五十歳が割り切りどころなのか。物語に登場する床屋さんは割り算から離れ、彼の思う「前半と後半」を語る。

さらに「距離」について。十文字はある場所をたずね、そこが町から三十分、ということに驚く。もっと遠いと思っていたのだ。なぜなら、そこは封印した過去だったから。

そして「場所の名前」。区画整理かなにかで町名が変わるのは日本のあちこちで起きていることだ。ある地方のS区、S駅。行きたいのはそこなのだが昔の名でいうと「揚々町」である。迷った十文字は偶然公民館に行きつく。地図上ではS町公民館。でもくたびれた金看板にはまだ、堂々、「揚々町公民館」とあった。

どっちがマチガイとか正しいとか、いずれ古い方がなくなり新しいものにとって代わられるという「時間の問題」でもないの。金看板に名前が残っていた、という場面で多くの読み手が感じるであろう胸のあたたかさ。

さらに「不死身」。十文字はこの仕事を初めてすぐに感電し、奇跡的に死ななかった。で、「ヤブ」という医者(!)が、お前さんは不死身だ、と宣言。でもこれって証明できない。なぜなら――この先は本書を読んでのおたのしみ!

電球交換士はやがて、「はかれないもの」のきわみである「永遠」という大問題に直面する。彼と電球の運命やいかに!波瀾万丈のなか、読み手は要所で、心に電球一個ぶんのぬくもりを受け取る。その光は、われわれの足どりを「未来」に向ける。
 
 
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代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室  道 子
 
【プロフィール】
ラジオ、TVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『Precious』に連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『蒼ざめた馬』(アガサ・クリスティー/ハヤカワクリスティー文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫) 、『プルースト効果の実験と結果』(佐々木愛/文春文庫)などがある。

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