【第346回】間室道子の本棚 『帰れない探偵』柴崎友香/講談社

「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
 
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『帰れない探偵』
柴崎友香/講談社
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旅人と探偵は、なんて似ているんだろう。私の考えでは、この小説は「旅」を心底味わわせてくれる。それは「ほんらいわたしはここにいない」という気分だ。

「そんなことはないだろう、観光地や旧跡は訪れる人を歓迎する。われわれが彼らの生活を成り立たせているではないか」という方も多いでしょう。でも、京都とかハワイとかの有名どころでさえ、私はふと気づくと名所から離れて、住宅街とか路地、幹線道路を歩いている。ぶっちゃけ迷子である。でもその時、心底、旅をしているなあ、と思う。

ある人にとっては日常のエリア。でもこちらはそうじゃない。ほんらいならここにはこない、いない。そのすうすうするような皮膚感覚。

閑話休題、本書の主人公は女性探偵である。世界探偵委員会連盟の本科を卒業したあとさらに三年の専修コースを修了し、別の国で二年ずつアシスタントを経験。そのあと連盟に所属だけしてフリーで仕事を回してもらっている。短期間開いていた個人事務所に来た相談者が、次の依頼人を紹介してくれたケースもある。

そして彼女はタイトルどおり「帰れない探偵」だ。片方はSF的(?)、片方はシビアな理由で、家と国に帰れなくなった。

というわけで移動しながらひっそり任務を遂行する。滞在はするけれど「住む」までいかない。いずれ去る、を念頭においた人間関係。「事件を推理」といったかっこいいことは起きない。身元調査や探しものをたんたんと片づける。「あばく」のではなく「さぐる」。そんななかにも、不穏さや危険はある。

胸がぎゅっとしめつけられる場面があった。世界の果てめいた離島の断崖絶壁で、あなたはなぜ、ここに来たのか、と探偵に聞かれた男は「ここから先に行けなかっただけだ」と答えた。重要シーンではないけれど、「おれは、いないはず」という孤高がしみいる。

救いは音楽だ。旅先で、呑み屋さんとか道端で誰かが歌いはじめ、それに合わせる人がいて、楽器が持ち込まれたり何も手にしてない人は踊りはじめたり、ということがある。おじゃましている家の娘さんや息子さんが趣味を披露してくれることもある。本書でもそれが起きる。「音楽があればそこに居場所がある気がする。帰る場所がなくても、音楽のある場所にはしばらくいていいのだ」と主人公が思うこの場面が私はとても好きだ。

もっとも感じ入ったのは最終話だ。彼女はみんながただ通り過ぎる場所に三日間もいて、広大なエリアをぐるぐるまわって会話をする。携帯端末に三十分ごとに本部からメッセージがとどき、調査対象と質問事項が書かれているのだ。

これほどわからない仕事は初めて。なんのために、こんなことを聞くのか。答えから想像できることはない。誰ともわからない相手に、なんの意味があるかわからない質問をして回る自分は、「探偵」と言えるのか。彼女の根幹をゆるがす事態になる。でも、そんな場所でも――。

読書も旅と探偵に似ている。指がページをめくる限り、現実を離れ、わたしは「ほんらいいない場所」で、他者の人生をさぐっている。その少々のうしろめたさと豊かなさびしさ。わたしもまだ、帰れない。
 
 
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代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室  道 子
 
【プロフィール】
ラジオ、TVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『Precious』に連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『蒼ざめた馬』(アガサ・クリスティー/ハヤカワクリスティー文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫) 、『プルースト効果の実験と結果』(佐々木愛/文春文庫)などがある。

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