【第353回】間室道子の本棚 『爆弾』呉勝浩/講談社文庫

「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
 
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『爆弾』
呉勝浩/講談社文庫
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昔の映画のキャッチコピーに、「読んでから見るか、見てから読むか」というのがあった。『爆弾』はまさにそれ。劇場に行った人には「ぜひ本も」であるし、原作から入った人には「なにとぞ映画も」と思う。

爆発とは一瞬のできごとである。スクリーンは「百聞は一見にしかず」の具現。音が全身を揺さぶる。一方小説には登場人物たちの、場面場面の心のひだがていねいに書かれており、読書でしか得られない味が胸にしみ入る。

物語は、坊主頭、無精髭の二重あご、腹のつき出た、いかにも金なしの中年男が酔って酒屋の前の自動販売機を蹴り店員にも暴行。夜の警察署に連れてこられる。スズキタゴサク、四十九歳、と名乗ったそいつは、大事な試合なのに負けた中日ドラゴンズが悪いとか刑事さんお金貸してとか取調室でうだうだしゃべり、ふいに、いま何時ですか、と聞く。

十時五分前、と知らされるとタゴサクは、私には霊感がある、十時に秋葉原で何かが起きる、と言い、予言どおりの時間と場所で爆発が起きる。奴はへらへらしたまま、自分の霊感ではここからあと三度、次は一時間後、という。

読みどころは、「残りの爆発物はどこにあるのか、いつ破裂するのか」とともに、タゴサクが警察官たちの心に爆弾を仕掛けていくこと。ある者にはその功名心に、ある者には意図せぬ選別意識に。

悩ましいのは、その心の爆破ボタンを押すのはタゴサクではなく仕掛けられた者自身ということ。「他人の欲望がわかる」という、さえない、無邪気な、えたいのしれない化け物の前で、彼らは――。

で、特殊犯係の天才・類家の出番となる。エキセントリックな知性。こんなに緊迫してるのにものうげな態度。一転、挑発。タゴサクは彼の思考の奥の奥に目をつける。勝負やいかに。

大勢が行き交う街では轟音、爆風、悲鳴という超ド級の災難。「密室」である取調室では類家とタゴサクの頭脳戦。一方ドカンと来るまでなにも知らされていない外はある意味平穏。署内ではあるタイミングで、トボけてばかりだったタゴサクのスイッチが入り、なりふりかまわぬ熱弁が、という事態になる。こんな二重の静と動もいい。

いままで推理やクイズといえば、「ひとりの人間がどれだけ物知りですか」という話だった。でも2020年代、脱出ゲームとかなぞときとかクイズサークルとか、難題を集団で、というムーブが起きた。しかも「徒党を組む」という昭和のスタイルではなく、離れていても一緒、というオンラインバトルのような、あたらしい「個」、あたらしい「チーム」のありかたが出現。ミステリーは「犯罪」という社会的事象を描くので、こういう世相を反映する。本書も同じだ。エゴイストがある人をかばう行動をとる。引っ込み思案が他者を助ける。ドラマのどこかで、みんなが爆弾に立ち向かう。孤高の類家にも仲間がいる。上司・清宮の、声にならない叫びにシビれた。

私は「読んでから観た」のだが、おさらいのため今また文庫を手にしていて、ページをめくっているうちまた映画を観たくなってきた。無限ループができそう。それくらい本も映像もすばらしい。おすすめ。
 
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代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室  道 子
 
【プロフィール】
ラジオ、TVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『Precious』に連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『蒼ざめた馬』(アガサ・クリスティー/ハヤカワクリスティー文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫) 、『プルースト効果の実験と結果』(佐々木愛/文春文庫)などがある。

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