【第354回】間室道子の本棚 『世界99』村田沙耶香/集英社

「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
 
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『世界99』
村田沙耶香/集英社
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わたしは村田沙耶香という作家がこわい。

朝井リョウさんのデーモニッシュな最新刊も和田竜さんの血沸き肉躍る歴史時代小説も江國香織さんの恋愛小説も三津田信三先生のホラーも、横並びで「いいなあ、すごいなあ」と読める。でも村田さんの書くものは同じ地平にいない。作家と作品を球種にたとえ、ストレートだカーブだスライダーだナックルだ、としゃべっているとき、村田作品については「手術台!」とか「ミシン!」「コウモリガサ!」と言いたいかんじ(令和のみなさん、わかります?)。

物書きって、なにかを語ろうとして、ふと自身を言っちゃうことがある。以前この欄で紹介したのは山田詠美さんの安堂ホセ評の中にでてきた「細心の注意を払って、吟味された野蛮」。詠美さんの書くものってまさにこうだ!さいきん見つけたのは柚木麻子さんの林芙美子についての文。「対女性となると、それがライバルであれ、通りすがりの知らないあの子であれ、急にふわっと柔らかく温度を帯びる、それが林芙美子という書き手だ」。これ、「それが柚木麻子という書き手だ」でもいけそう。

 これら二つはエッセイだが小説内で見つけた。村田さんの『世界99』に、「気持ち悪くならない程度に異常な」という言葉があって、村田さん、自作を言ってる!とシビれた。

そう。私は彼女にシビれている。でも「好きな作家」として名前が出せない。あまりにもとくべつ。最高の「異常」。本書で私の情緒はどうにかなりそうだった。

主人公の空子には「自分」「感情」「意志」「思想」がない。まわりを即トレースし、みんなのお望みに合わせて生きてる。なぜならそのほうが「楽ちん」で「安全」だからだ。

対個人をわたりあるく空子だったがやがて世の中のほうで単純化し、「恵まれてる人」と「クリーンな人」と「かわいそうな人」の三つに分かれる。怒りだの疑いだのは「汚い感情」だからタブー。サベツなんかもうないの。でも「綺麗で優しい」どころか読み味は暗くいや~な世界だ。

たとえば空子は少女の頃から母を「使用」している。それは「クリーンな人」になってもかわらない。上巻から下巻、物語が進むにつれ、母親をはじめ、自分が「利用」しているものたちへの言葉が、「犠牲」「搾取」「支配」「家畜」「生贄」、そして・・・。彼女が自身の行為をもっとすごい言葉で自覚するまで、あと少しだ。

こんな作品なのに、私はへんなところでゲラゲラ笑った。たとえばあるもののお腹から段ボールがでてきて、そこに“ダブルロール 3倍長いトイレットペーパー”だの“赤ちゃんにっこりおむつ”だの書かれていて、ドラッグストアでもらってきた廃材使ってるんだ、ってわかった時。

あと、人間が「怒り」を見せなくなった世界でそういう感情がこみあげた時、少女はカラスの真似をする。あの威嚇ぐらいしか、「怒る」のお手本がないから。ここでも私は爆笑した。

怒りや悲しみがストレートにつながらない未知の絶望を感じたとき、人間ってもう笑うしかないんだな、と思った。

心の底から愉快に思って、ではないので、その時の私はゆがんだ顔面だ。興奮で鼻の穴が広がり唇が片側だけ上にひきつりこんなところでギャハハハじゃダメだといったん目をぎゅうっとつぶって反省してでも続きが読みたいからまたすぐ開ける。で、気づいたの。これってクリーンな人のあいだで流行してた表情とそっくりだ。私の場合は喜怒哀楽崩壊が原因だが、あちらの世界でこの顔があらわすものとは?ぞおおおおおっとしますよ!

「あちら」と言ってしまったが、これは近未来か、パラレルワールドか、あるいはすでにわれわれの現実なのか。下巻の中ほどで出てくる「次はお前の番だ」というせりふにトリハダ。

で、村田沙耶香の華麗なる異常は本作をすばらしいエンタメに仕上げていること。読書が娯楽である以上、「こんな本、読まなきゃよかった」と思わせては負け。絶望を読む価値バリバリにする。それが彼女のいたましいまでの作家力だ。

ほら、早く顔をあげて、もっとよく見まわしてみて――すぐそこにある、『世界99』へ、ようこそ。
 
 
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代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室  道 子
 
【プロフィール】
ラジオ、TVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『Precious』に連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『蒼ざめた馬』(アガサ・クリスティー/ハヤカワクリスティー文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫) 、『プルースト効果の実験と結果』(佐々木愛/文春文庫)などがある。

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