【第356回】間室道子の本棚 『spring another season』恩田陸/筑摩書房

「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
 
* * * * * * * *
 
『spring another season』
恩田陸/筑摩書房
※画像をクリックすると購入ページへ遷移します。
 
* * * * * * * *
 
ヒット作の前日譚とか後日譚とかって出されがちだけど、「ボーナス」「サービス」的なものが多く、「あればうれしいけどなくてもまあ」である。でも本書はバレエ小説『spring』を読んだ人は、ぜひ、の一冊。

なにせ『spring』は贅沢すぎた。よく料理番組でスタジオにすごい種類と量の食材が並べられ、調理白衣の男性が「本日の麺はネギと豚肉としょうがを使います」と言って山から三品だけ取り出しレッツ・クッキング。でもわたしはできあがっていく肉うどんより背景に目がクギヅケ。あの残されたものたちはどうなってしまうんだろう。お魚はつやつやしているしトマトやきゃべつも新鮮そう。見たことのないスパイスの瓶だってあんなに。誰かに引き取られる?どこかにしまい込まれる?放置はないよね?

『spring』を読んで同じ気持ちになった。恩田さんは作中で舞台を発案しまくる。バレエは総合芸術なので、それは物語の、音楽の、衣裳ビジュアルの、動きのアイデアである。P234 からP235は、『フランケンシュタイン』をバレエにするだの『ジキルとハイド』ならどうだだの、『リリス』、『砂の女』etc. 作家脳がハイになってる、あるいはゾーンに入った、ドトウの羅列。どれも数行、あるいは一行だけなのに面白さが異常。そしてここだけじゃないの。建物(!)やら仏像(!!)やらを「踊る」案も物語のあちこちにちりばめられており、”ああっ、あそこに数文字だけあった、美空ひばりの「りんご追分」をダンスにする、というアイデアがオレにあったら物語1冊書けるのに!キーッ” となる物書きは多いんじゃないかと思う。

閑話休題、『spring another season』には、私がもっとも「あの人のその後」を知りたかった一編がありふるえた。それは瀧澤美潮だ。

彼女は小学六年生にして「本格的」「正確」「厳格」が武器のダンサー、とわかる少女なのだが『spring』でひとつ年上の天才少年・春に、「美潮は正しすぎる」と言われてしまう。

これってひどくね?

美潮はその後「とっととロシアに留学」とあって、コンプレックスやトラウマ、へたすりゃザセツのもとになったかもしれないこの言葉に彼女はオトシマエをつけることができたのだ、とほっとしていたのだけれど、どうやって?が知りたかった。

ひどくね?と書いたのには理由がある。私はかたやぶりの人がとつぜん出てきて集団をかき回して場の中心になり、みんなは自分らの律儀さや真面目ぶりを反省、自由っていいよね、楽しいのがいちばん、という話がすきではない。かたやぶりとは、型があってこそ。天才・春も、基礎基礎基礎基礎基礎があっての「アリアを歌える腕の動き」なのだ。恩田作品に今まで書かれてきたおそるべき天才少年少女たちに、「なにかをおろそかに」や「ハッピーじゃなきゃね」という思想はございません!

閑話休題、『spring another season』にも出てくるが、振付師としても大成していく春の殺し文句は「俺が振り付けたいと思うダンサー」。よって、美潮への正確なもの言いは「俺にとって、美潮は正しすぎる」だったのだ。そう、だってダ・ヴィンチの人体図に、着色してみましょうか、服着せましょうか、と思う阿呆がどこにいる?でも彼が彼女に真意を伝える機会はなかった。

で、美潮の心の準備、調整が、十話目の「プレパラシオン」で描かれている。恩田陸さんがミステリー作家である面目躍如。

謎解きや犯人さがしでなくても、思わぬ考えや一言で状況が逆転できたらそれはどんでん返し。「正しすぎる」美潮が、誰に、どうひっくり返されたか。乞うご期待。

ほかに、正編でほんの五行だけ出てきた、ある絵を踊るてんまつあり、六十代半ばになった春へのインタビューあり、全十二編。「おまけ」や「つけたし」じゃないよ。本書を読んでから正編をもう一回読むとあらたな幕が開く。この本は、もうひとつのドアだ。
 
 
* * * * * * * *
 
(Yahoo!ショッピングへ遷移します)
 
 
代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室  道 子
 
【プロフィール】
ラジオ、TVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『Precious』に連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『蒼ざめた馬』(アガサ・クリスティー/ハヤカワクリスティー文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫) 、『プルースト効果の実験と結果』(佐々木愛/文春文庫)などがある。

SHARE

一覧に戻る