【第366回】間室道子の本棚 『外の世界の話を聞かせて』江國香織/集英社
「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
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『外の世界の話を聞かせて』
江國香織/集英社
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たくさんの人がでてくるけど、「名前をすべて記憶せねば、関係をきっちり把握しなくちゃ、キーッ」とならなくていい。本書の読み味は、遠い親戚や昔近所に住んでいた人たちを思い出してるかんじだから。
「彼らは夫婦?きょうだい?」「三重の酒屋さんだっけ?それとも役者やってた人?」が困難にならない。ゆっくり本書を行ったり来たりすればいい。この感覚はまさに南天文庫に流れている時間と同じだ。
東京、銀座線の外苑前にある、子供たちのための私設図書館・南天文庫。母亡きあとひとりでここを運営する五十代のあやめさんと、三歳からの会員で、ほとんどの子は中学になると来なくなるけど高校一年生になった今でもいりびたっている陽日(はるひ)。この二人が主軸となり、お話は現代の小さな図書館、そして1970年代、「ピンクハウス」と呼ばれていた三重の元公民館にいた人たちを描いていく。
読んでいて思ったのは、ある種の人間には隠れ家が必要だ、ということ。学校でも家でもなく、仕事場でも自宅でもないところ。イマハヤリの「サードプレイス」とはちょっとちがう、秘密めいた、切実さ。
陽日にとって南天文庫はまさにそうだ。あと彼女はお昼休み、高校の五階にあるピアノのレッスン室でお弁当を食べている。ピアノ奏者ではないしクラスで仲間はずれにされてるわけでもない。だけどひとりになれる空間が、彼女には必要なのだ。
また、近ごろ四回目の結婚をした真実子が勤めている葬儀場の待合室。火葬場でも斎場でもないそこは、遺族の心を整える部屋だ。さらに真実子の弟であり、あやめにとっては「弟のようなもの」であるフリーランス(DIY、ホームページ刷新、その他いろいろ得意)の功が時々ヘルプに入るバー。西麻布、松濤、「この人たちは家に帰らなくていいんだろうか」と思うくらい毎日来る者もいれば、忘れたころにふらりとあらわれる人もいる。
70年代の「ピンクの家」も、若い三組の家族(小さな子供時代のあやめと父と母、伯父夫婦と二人の息子、真実子と功とその両親であるありちゃんと健ちゃん)にとって、隙間めいた居どころだったんだろう。本格的に社会に組み入れられる前の、実験、冒険めいた(なにせ不法占拠である)、八年にわたる共同生活。
陽日があやめさんに、ピンクの家の話をして、とねだるのも、「昔あった」と「今はもうない」のはざまにある、思い出しさえすればいつでも――の場所が、自身にとっても拠りどころになる気がするからだ思う。あやめさんも陽日に、外の世界の話を聞かせて、という。サイゼリアを知らない、クレジットカードも持っていない、書物のなかのほうが呼吸しやすそうな彼女にとって、陽日が本と現実をつなぐ地点だ。
すきまに潜り込む人々は、はみ出してる人たちでもあるのが面白い。
宿題「22世紀にも必要とされる職業は何か」のために、陽日はあやめの紹介で真実子の職場に行く。初対面のこの年上女性は「自分は昔から、世のなかから半分はみ出してるみたいなところがあった」と笑い、続いて「斎場はこちらとあちらのあいだの場所」という話になったので陽日はぎょっとする。「こちら」から半分はみ出してるなんて、半分死んでるみたいで。
でも、真実子はこのちょっと前、天職について語っていたのだ。私の考えでは、とても合っている仕事に、地に足がついてるから地職とかではなく、「天」という字を使うってすばらしい。この世にいながらはるか先を得ている。「死」じゃなくて、一足先の天国。いったん本を置いて調べたら、「天」には、めぐりあわせ、運命、生まれながらの力、という意味もあり、うれしくなった。
それぞれのパラダイスのような時間と場所を描いた傑作。
「彼らは夫婦?きょうだい?」「三重の酒屋さんだっけ?それとも役者やってた人?」が困難にならない。ゆっくり本書を行ったり来たりすればいい。この感覚はまさに南天文庫に流れている時間と同じだ。
東京、銀座線の外苑前にある、子供たちのための私設図書館・南天文庫。母亡きあとひとりでここを運営する五十代のあやめさんと、三歳からの会員で、ほとんどの子は中学になると来なくなるけど高校一年生になった今でもいりびたっている陽日(はるひ)。この二人が主軸となり、お話は現代の小さな図書館、そして1970年代、「ピンクハウス」と呼ばれていた三重の元公民館にいた人たちを描いていく。
読んでいて思ったのは、ある種の人間には隠れ家が必要だ、ということ。学校でも家でもなく、仕事場でも自宅でもないところ。イマハヤリの「サードプレイス」とはちょっとちがう、秘密めいた、切実さ。
陽日にとって南天文庫はまさにそうだ。あと彼女はお昼休み、高校の五階にあるピアノのレッスン室でお弁当を食べている。ピアノ奏者ではないしクラスで仲間はずれにされてるわけでもない。だけどひとりになれる空間が、彼女には必要なのだ。
また、近ごろ四回目の結婚をした真実子が勤めている葬儀場の待合室。火葬場でも斎場でもないそこは、遺族の心を整える部屋だ。さらに真実子の弟であり、あやめにとっては「弟のようなもの」であるフリーランス(DIY、ホームページ刷新、その他いろいろ得意)の功が時々ヘルプに入るバー。西麻布、松濤、「この人たちは家に帰らなくていいんだろうか」と思うくらい毎日来る者もいれば、忘れたころにふらりとあらわれる人もいる。
70年代の「ピンクの家」も、若い三組の家族(小さな子供時代のあやめと父と母、伯父夫婦と二人の息子、真実子と功とその両親であるありちゃんと健ちゃん)にとって、隙間めいた居どころだったんだろう。本格的に社会に組み入れられる前の、実験、冒険めいた(なにせ不法占拠である)、八年にわたる共同生活。
陽日があやめさんに、ピンクの家の話をして、とねだるのも、「昔あった」と「今はもうない」のはざまにある、思い出しさえすればいつでも――の場所が、自身にとっても拠りどころになる気がするからだ思う。あやめさんも陽日に、外の世界の話を聞かせて、という。サイゼリアを知らない、クレジットカードも持っていない、書物のなかのほうが呼吸しやすそうな彼女にとって、陽日が本と現実をつなぐ地点だ。
すきまに潜り込む人々は、はみ出してる人たちでもあるのが面白い。
宿題「22世紀にも必要とされる職業は何か」のために、陽日はあやめの紹介で真実子の職場に行く。初対面のこの年上女性は「自分は昔から、世のなかから半分はみ出してるみたいなところがあった」と笑い、続いて「斎場はこちらとあちらのあいだの場所」という話になったので陽日はぎょっとする。「こちら」から半分はみ出してるなんて、半分死んでるみたいで。
でも、真実子はこのちょっと前、天職について語っていたのだ。私の考えでは、とても合っている仕事に、地に足がついてるから地職とかではなく、「天」という字を使うってすばらしい。この世にいながらはるか先を得ている。「死」じゃなくて、一足先の天国。いったん本を置いて調べたら、「天」には、めぐりあわせ、運命、生まれながらの力、という意味もあり、うれしくなった。
それぞれのパラダイスのような時間と場所を描いた傑作。

代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室 道 子
【プロフィール】
ラジオ、TVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『Precious』に連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『蒼ざめた馬』(アガサ・クリスティー/ハヤカワクリスティー文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫) 、『プルースト効果の実験と結果』(佐々木愛/文春文庫)などがある。
