【第368回】間室道子の本棚 『ママがロックンロールしてたころ』東山彰良/集英社
「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
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『ママがロックンロールしてたころ』
東山彰良/集英社
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まずは子供がかっこいい。
久保田炳児(ぺいじ)。偉大なる英国のハードロックバンド「レッドツェッペリン」のギタリスト、ジミー・ペイジからつけられた名前。大学教授だった祖父、元司書の祖母、バンドマンであるお父さんと奥多摩でくらしている。自由が丘にいる叔父さんは元車泥棒(!)だ。
で、六月の朝、母だと名乗る女がとつぜん小学校の校門にあらわれる。父が電話で教頭先生にOKを出したので、彼はママと二日間の旅をした。移動手段は彼女が乗ってきたサイドカー。
「僕はこれからただの十歳から、生き別れの母親と再会を果たした十歳にならなければならない」。
どうです!メソメソも大泣きもなし。笑顔でいっぱいにもフテクサレにもブチ切れにもならず、自分の現在と未来を把握する小学四年生。超クーーール。
じゃあ、これはロードノベルなのね、とお思いでしょう。でも旅のようすはほぼでてこない。帯にあるのでネタバレにならぬはずだが、ママが来たのは死期が近かったからで、ツーリングのあと息子に会う事なく、彼女は半年後に死ぬ。知らされたペイジとしては、飼ってたカブトムシが死んだときのほうがずっと悲しかった。なにせ人生で四十八時間しか会っていない人なのだ!
でもこの旅は楔のように彼の人生に打ち込まれた。「あったなー、と思い出し、時間とともに薄れるの」ではなく、時々ぐっと、暴力的なまでに引き戻されるかんじ。
その後天才ギタリスト少年としての栄光とまもなくの挫折が描かれ、物語の五十三ページ以降ペイジは池袋のCD屋でバイトをする三十近い兄ちゃんになっている。大人になって判明した、母と父と叔父さんとの複雑さ。さまざまな書評で私は「過剰と欠落は一緒」と書いてきたが、ここにもひとり。ママは愛が過剰だった。同時に愛が欠落してた。
名言めいたせりふ、文章が、カンフル剤みたいに物語に効く。
「人ってのはあたえられたものを大切にして生きていくか、さもなきゃ憎んでいきていくかのどっちかだからな」
「本当に大事なことって痛い想いをして学んでいくもんじゃないっすか」
「知ってることと感じてることはちがう」
「僕たちは、いつだって愛に原因を求めすぎる」
ストーリーを転がすのはペイジが出会う女たち。いずれもママに負けず劣らず、ただならなさ、ぬきさしならなさを抱えている。自身の祖母に中国でなにがあったかを教えてくれた四つ年上の人妻、バイトの後輩であるK-POP命の青髪の娘、お店に人さがしにやって来た険のある女。よく知ってる男性陣以上にペイジを成長させるのは、底の知れないロックな女たち。
K-POP好きでもいいの。ROCKの形容詞には「問題を抱えた」とか「意志のかたい」という意味もあるんだから。You Rock!は「あんたってサイコー!」なんだから。
そしてママ。
いいなあ、と思ったのはやはり旅の場面だ。ほぼでてこないっていったじゃん、と言われると思うが、ママは息子のごきげんとりをすることもなく、なにも押し付けず、ふたりはただ海沿いをどこまでも走り、砂浜にすわり、海ばかり見てた。ほとんどは彼女がしゃべり、彼はそれを聞いていた。
ビートとは、リズムの連打のほかに心臓の音をさす。終わらない波音とともに、ペイジは母の鼓動を聞いてたんだろう。ママがロックンロールしてたころ=ママが生きてたころ。読後余韻が漂う青春音楽小説。
久保田炳児(ぺいじ)。偉大なる英国のハードロックバンド「レッドツェッペリン」のギタリスト、ジミー・ペイジからつけられた名前。大学教授だった祖父、元司書の祖母、バンドマンであるお父さんと奥多摩でくらしている。自由が丘にいる叔父さんは元車泥棒(!)だ。
で、六月の朝、母だと名乗る女がとつぜん小学校の校門にあらわれる。父が電話で教頭先生にOKを出したので、彼はママと二日間の旅をした。移動手段は彼女が乗ってきたサイドカー。
「僕はこれからただの十歳から、生き別れの母親と再会を果たした十歳にならなければならない」。
どうです!メソメソも大泣きもなし。笑顔でいっぱいにもフテクサレにもブチ切れにもならず、自分の現在と未来を把握する小学四年生。超クーーール。
じゃあ、これはロードノベルなのね、とお思いでしょう。でも旅のようすはほぼでてこない。帯にあるのでネタバレにならぬはずだが、ママが来たのは死期が近かったからで、ツーリングのあと息子に会う事なく、彼女は半年後に死ぬ。知らされたペイジとしては、飼ってたカブトムシが死んだときのほうがずっと悲しかった。なにせ人生で四十八時間しか会っていない人なのだ!
でもこの旅は楔のように彼の人生に打ち込まれた。「あったなー、と思い出し、時間とともに薄れるの」ではなく、時々ぐっと、暴力的なまでに引き戻されるかんじ。
その後天才ギタリスト少年としての栄光とまもなくの挫折が描かれ、物語の五十三ページ以降ペイジは池袋のCD屋でバイトをする三十近い兄ちゃんになっている。大人になって判明した、母と父と叔父さんとの複雑さ。さまざまな書評で私は「過剰と欠落は一緒」と書いてきたが、ここにもひとり。ママは愛が過剰だった。同時に愛が欠落してた。
名言めいたせりふ、文章が、カンフル剤みたいに物語に効く。
「人ってのはあたえられたものを大切にして生きていくか、さもなきゃ憎んでいきていくかのどっちかだからな」
「本当に大事なことって痛い想いをして学んでいくもんじゃないっすか」
「知ってることと感じてることはちがう」
「僕たちは、いつだって愛に原因を求めすぎる」
ストーリーを転がすのはペイジが出会う女たち。いずれもママに負けず劣らず、ただならなさ、ぬきさしならなさを抱えている。自身の祖母に中国でなにがあったかを教えてくれた四つ年上の人妻、バイトの後輩であるK-POP命の青髪の娘、お店に人さがしにやって来た険のある女。よく知ってる男性陣以上にペイジを成長させるのは、底の知れないロックな女たち。
K-POP好きでもいいの。ROCKの形容詞には「問題を抱えた」とか「意志のかたい」という意味もあるんだから。You Rock!は「あんたってサイコー!」なんだから。
そしてママ。
いいなあ、と思ったのはやはり旅の場面だ。ほぼでてこないっていったじゃん、と言われると思うが、ママは息子のごきげんとりをすることもなく、なにも押し付けず、ふたりはただ海沿いをどこまでも走り、砂浜にすわり、海ばかり見てた。ほとんどは彼女がしゃべり、彼はそれを聞いていた。
ビートとは、リズムの連打のほかに心臓の音をさす。終わらない波音とともに、ペイジは母の鼓動を聞いてたんだろう。ママがロックンロールしてたころ=ママが生きてたころ。読後余韻が漂う青春音楽小説。

代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室 道 子
【プロフィール】
ラジオ、TVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『Precious』に連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『蒼ざめた馬』(アガサ・クリスティー/ハヤカワクリスティー文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫) 、『プルースト効果の実験と結果』(佐々木愛/文春文庫)などがある。
