【第371回】間室道子の本棚 『ファイア・ドーム』辻村深月/小学館
「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
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『ファイア・ドーム』
辻村深月/小学館
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重い事件が起きる。1994年と2019年。同じ家で。
現実だったらあなたは思ったかもしれない。
「じゃあ二つにはつながりがあるんだね。家族があやしいんじゃない?犯人かも」
そしてこれをSNSに書き込んだかもしれない。
現実だったらあなたは思ったかもしれない。
「じゃあ二つにはつながりがあるんだね。家族があやしいんじゃない?犯人かも」
そしてこれをSNSに書き込んだかもしれない。
1994年にL県蒔戸市で起きた小四男子の交通事故。山道で車にはねられた形跡はあるのに子供がいない、犯人が連れ去ったのか。この直後、同市で「デパートの受付嬢身代金目的誘拐事件」が発生。人手の問題とニュースバリューの双方で、交通事故は霞んだ。
やがて受付嬢の死体が発見され、二日後に山に放置された子供の亡骸がみつかる。誘拐犯は自首したが男の子の事件は未解決のままだ。
ここで、ひとつの家が燃えた。
犯人よりも、被害者である受付嬢とその家族について荒唐無稽な誹謗中傷が飛び交った。1994年の狂乱を、ある人物はL県の「歴史」と言い、別な人は「前科」と呼び、ある人は「背負った過去」だと思った。読みながら私は考えた。「SNSの時代の前でよかったね、あったらどうなっていたことか」。
で、2019年、SNS全盛期、二十四歳の小学校教師が燃えた。
L県蒔戸市の小学校で四年生の男子児童が行方不明になり、その日の夕方彼を最後に見たのが担任の佐村美冬だった。そこから、「これまで覚えのない恐怖」が彼女にふりかかる。
翌日の夜LINEに入っていた「大丈夫?」という一行。別な人からの「ニュースを見て」「美冬のことじゃないよね?」
ニュースサイトにあった、衝撃の見出し。コメント欄につらなる「担任教師」への非難。
物語の1行1行の進行は、読者が文字を目で追う速度である。でもこの場面、辻村深月さんは信じがたいスピードでネットに文章が書きこまれていくさまを読み手に浴びせる。炎上の、体感。
SNSをやっていない私は、ここでぶっ込まれた「どうせブスだろ」に衝撃を受けた。”生徒目撃のあと、ある場所に向かったらしい”というデマをもとにしたコメントなんだけど、なぜここで教師の容姿?そんな私のギモンなんざ差しはさむ余地なしの荒れ放題。もう誰も行方不明の子供の心配なんかしてない。バカ、消えろ、ブス、死ね、が積みあがっていく。美冬の土下座シーンまで、あと少しだ。
濃厚なストーリーに心打たれ、ミステリーとしての「ああ、そうだったのか!」に仰天しながら、『ファイア・ドーム』という作品を思うとき、いちばんに浮かぶのは皮膚を炎がかけあがる感覚。犯罪とともにあばかれるのは「噂」の構図だ。そのもとは、「悪意」ではなく――この先、漢字二文字。辻村さんの冷静な憤りにシビれる。
読みながら、熱中しているように見えて、炎上の根っこにあるのはとどのつまり無関心なんじゃないかと思った。燃えてる話題をどうでもいいと思ってるから、”今「死ね」と書いたのは自分”という意識がない。結果、すぐ忘れる。言わなくてもいい垂れ流しの一方で、本作には狭い地域の中で言うべき言葉を発する難しさもでてくる。
だからこそ、物語の大きな柱のひとつである新聞記者たち、そして作家生活二十二周年の辻村深月さんの、「書く」ことへの覚悟が、読後深く刺さる。

代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室 道 子
【プロフィール】
ラジオ、TVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『Precious』に連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『蒼ざめた馬』(アガサ・クリスティー/ハヤカワクリスティー文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫) 、『プルースト効果の実験と結果』(佐々木愛/文春文庫)などがある。

